明け方の君


文 / 露埼紗羽 様






















夜の帳が完全には明けきらない、
朝もやがたちこめ始めたばかりの、まだ薄暗い時間。
ランディはマントをつけ、身支度を整えていた。
傍らのベッドには、彼の愛する眠り姫がシーツを纏ったままの姿で、
健やかな寝息をたて、まだ夢の世界の住人となっている。

愛を交わしあった後、ランディは誰にも見咎められないよう、
いつも夜明け前に自邸に戻っていた。
それを苦にするランディではなかったし、
そうする事がけじめだと思っていたから。

「アンジェ・・・それじゃ俺、帰るね。」

もちろん彼女を起こすつもりなどない。
そっと囁いて頬にくちづけし、部屋を後にしようとした。

「んん・・・ランディ・・・様・・・?」

いつもなら目を覚ます事はないのに、
この日は眠りが浅かったのだろうか、
ランディの声に、その姿を捉えたアンジェリークは、
無意識に愛する人を求めて手探りし、
彼のマントの端を掴んでしまった。

「アンジェ、まだ眠る時間はあるよ。
ゆっくりお休み。」

「ランディ様・・・帰らないで・・・」

彼に向けられた気だるげな瞳は、
まだ半分夢の中を彷徨ってるようにも見えるのだが、
アンジェリークはランディのマントを離そうとはせず、
半身を起こしてしまった。

「アンジェ、もう帰らなくちゃ。夜が明ける。」

「まだ、大丈夫よ・・・ねぇ、もう少しだけ・・・」

そう言って、体をそのままランディにコトンと預けてしまう。
シーツにくるまっただけのヴィーナスのような姿で、
身を預けられたランディは焦ってしまった。

「ア、アンジェ・・・」

ランディの困惑とは裏腹に、
アンジェリークはますます素肌を密着させて、
白く細い腕を彼の首に絡めると、
熱いくちづけまで仕掛けて来た。

「ダ、ダメだよ、そんな事しちゃ。」

「どうして?
ランディ様・・・夜明けまでにはまだ時間があるわ。」

「アンジェ・・・もしかして誘ってるの?」

「・・・いけない?」

「い、いけなくはないけど・・・でも・・・」

「お願い・・・もう少し一緒にいたいの・・・」

アンジェリークがそんなふうにわがままを言ったのは、
初めての事かもしれない。
すがるような瞳。吐息まじりの甘い声。
そう告げた後、恥じらいを含んでみるみる染まる頬。
伏せた睫毛の先に感じられるほのかな艶。
アンジェリークのしぐさ一つ一つが、ランディを捕らえて離さない。

オスカー様との朝の稽古に遅れてしまうかもしれないとか、
朝摘みの花を届けようとしているマルセルに会うかもしれないとか、
徹夜明けのゼフェルに出くわす危険性があるかもしれないとか、
一瞬、さまざまな場面がランディの脳裏をよぎったのだが、
愛するヴィーナスの誘惑の前には、どれも瓦礫の如く崩れ落ちる。
いくら意志の強いランディであっても、こんな彼女を振り切って、
1人残してなど行けるわけがなかった。
アンジェリークを愛したい想いが、一気にランディを支配し始めた。





たまらなくなって、彼女を抱き寄せたその瞬間、
お互いが求め合っていた事を改めて実感する。
誘っているのか誘われているのか、そんな事はどちらでもよい。
ゆうべ愛し合ったばかりの余韻の残る体は、
触れ合った瞬間に火がつく。
甘美な記憶が鮮やかに甦り、ブレーキがきかなくなる。
整えたばかりの身支度を、惜しげもなく解いて、
ランディはアンジェリークの体にのめり込んで行った。

「ランディ様・・・ああ・・・」

アンジェリークは、ランディの手に触れられ、愛され、
彼によって与えられる悦びに陶酔していた。
ランディも、アンジェリークが自分を求めている事を肌で感じ、
愛しさが膨れ上がる。

・・・愛してる・・・離れたくない・・・一秒でもそばにいたい・・・

優しい想いと、激しい想い。
完全に夜が明けきるまでのわずかな時間、
恋人達はその絡み合った熱い想いを、
お互いの体にぶつけ合い、確かめ合い、
一気に昇華させた。


「アンジェ、大丈夫なの?」

「ん・・・ランディ様こそ平気?ごめんね・・・
私、わがまま言って困らせちゃった?後悔してる?」

「何言ってるんだよ。そんな心配しないで。
こんなに可愛いわがままだったら、いつでも聞いてあげる。
それに、アンジェにならどんなに困らされたって俺は平気だよ。」

「ホント?よかった・・・」

想いを遂げた二人は、体を重ね合わせたまま見つめ合い微笑む。
アンジェリークは安心したように、束の間の甘い余韻に浸っていた。


こうして、シャワーを浴びたランディが、再び身支度を整えるのを、
素肌にローブを羽織ったアンジェリークが今度は手伝っている。

「アンジェ、休んでていいのに。」

「ううん、私がこうしたいの。」

マントをつけてあげながら、アンジェリークが言う。

「せっかく一度は着替えたのにね・・・」

「誰のせいかな?」

「うふ・・・誰のせいかしら?
・・・はい、風の守護聖様の出来上がりよ。」

そう言って最後に剣を手渡す。
ランディはアンジェリークがプレゼントしてくれた
腰のベルトに通した金具にその剣を吊るした。

「ありがとう。アンジェ。」

ランディの表情が引き締まる。
その表情に、彼が自分だけの恋人から、
宇宙の守護聖に戻る瞬間を、彼女は意識していた。

・・・でも、今はまだ・・・わがままをあとちょっとだけ・・・

「・・・ね、ランディ様・・・」

「何だい?」

アンジェリークはランディの腰に両腕を回し、
胸元に頬を寄せた。

「大好き・・・」

「どうしたの?急に。」

「だって、昨日は先を越されちゃって、
ちゃんと言えなかったんだもの。」

「アンジェ。ありがとう・・・
すごく嬉しいよ・・・だけど・・・」

「え?」

「そんな事すると、また君を離したくなくなっちゃうから。」

「あ・・・ご、ごめんなさい!」

アンジェリークは慌てて離れた。

「あはは・・・それじゃ今度こそ。」

ランディは、アンジェリークの頬に手を触れると
優しくキスをした。

「じゃ、行くね。」

アンジェリークの顔が一瞬切なく曇る。
それはランディの前でだけしか、決して見せない表情。

「ほら、泣きそうな顔をしない。
またすぐに逢えるから。」

ランディはそう言って、アンジェリークの金色の前髪を
ふわりとかき上げ、瞳を覗き込むようにした。

「うん。大丈夫よ。」

心配させまいと、すぐに微笑んでみせるアンジェリークがいじらしい。
思わず腕の中に抱きすくめてしまう。

「気をつけてね、ランディ様。」

「ああ。
アンジェ・・・今度は今日よりも、
もっともっとたくさん甘えていいからね。」

「ん・・・」

「俺も、大好きだよ・・・」

抱き締めていた彼女の体をそっと離して、手を握る。
絡めた指が離れたくない、と震えているのを感じた。
ランディももちろん同じ気持ちである。
最後の指先が離れた時、その気持ちを呑み込んで、
ランディは殊更元気よく、アンジェリークに言った。

「アンジェ!今日も頑張ろうね!
俺がいつもそばについてる事、忘れないで!
何かあったらすぐに呼ぶんだぞ。飛んで来るから!」

「ありがとう、ランディ様。」

部屋の扉で見送った後、アンジェリークはバルコニーに駆け出る。
消え始めた朝もやの中を、ランディは何度も振り返りながら去って行く。
その姿が見えなくなるまで、アンジェリークは手を振り続けていた。

小鳥のさえずりが賑やかになり、
木々の葉には朝露が零れ、キラキラと輝いている。
アルカディアの街並みが朝焼けに染まるまで、あとわずか・・・
爽やかな風と共に、新たな1日が始まろうとしていた。


                                   fin.
























露埼さんが、以前ご自分のサイトで発表した時からこのお話が大好きで、
去年のうちに「挿絵を描くからうちにも置かせてください」と頼み込んでいたのですが、
漸く描けたのでお話のほうも遂に!こちらにアップさせて頂くことが出来ました。
おねだりする、そして別れを悲しむアンジェが可愛くて可愛くてvvv
こんなにいじらしいなら、ランディ様じゃなくても、断れないですよね〜!
裸のヴィーナスに迫られて一旦した身支度を解いていくランディ様の姿もかなり萌えます!(爆)
露埼さん、素敵なお話をありがとうございましたーーー!

露埼 紗羽 さんのサイトはこちらから >>> 





 



03/02/16up