「そろそろ中に入ったら?」 夕暮れ―― ほんの少しだけ冷たくなってきた風が、金糸のような髪を揺らす。 「うん。・・・もう少し。」 中から声を掛けた、彼女の親友―― 意志の強そうな紫の瞳を僅かに和ませて、ロザリアは微笑んだ。 「そう。じゃ、私は中に居るから。」 そう言うとロザリアは、リビングへと入っていった。 かつてはこの宇宙を統べていた女王、アンジェリークは、一人、屋敷の庭に佇んで、朱に染まっていく 景色を眺めていた。 四季のなかった聖地によく似た惑星のひとつを、女王の任を降りてからの住まいにしており、小さな・と 言っても、広大な領地と屋敷は、ロザリアと気心のしれた使用人達と住むには十分な広さと言えた。 「・・・きれい。」 日の沈んでいく、ほんの少しの時間。それは彼女が一日の中でもっとも気に入っている時間だった。 大きな翠の瞳を見開く。朱から、桃色・・薄紫――やがて来る夜と落ちてきそうな星々の瞬き。 その眺めは―― 好きな時間であると同時に、ある想い出がぼんやりと蘇ってくる。 今でもアンジェリークの中に残る、甘酸っぱい想いと共に。 「アンジェリーク、明日は・・暇かな?」 まだ女王試験真っ最中だった頃。 ある日、風の守護聖であるランディが突然部屋を訪ねてきた。 「ランディ様? ええ・・・明日はお休みですけど。」 彼女と歳も変わらないランディは、アンジェリークの答えを聞いて、その顔をほころばせながら言った。 「良かった! 俺、どうしてもアンジェリークに見せたいものがあるんだ。」 「え、何ですか?」 「それは、明日のお楽しみだよ。」 明るく笑いながら、嬉しそうに彼は言った。 次の日。 午後から迎えに来たランディと共に、アンジェリークが向かった先は―― 彼女が育てるエリューシオンの地だった。 「ランディ様、ここに何かあるんですか?」 アンジェリークは、正直、自分の育てる地に来るとは思っていなかったので、驚いていた。 「うん。きっと、アンジェリークは見たことがないかなぁと思ったから。」 そうしてエリューシオンでも、眺めの良い―― 大きな木のある小高い丘の上に二人は降り立っていた。 もう夕暮れも近い。段々と朱に染まっていく景色を並んで見ていた。 「・・・きれい。」 アンジェリークは思わず呟く。 そんな彼女を、ランディは優しげな瞳で見つめていた。 「これからだよ。ほら。」 そうして、彼が指さす先は、朱から、薄い紫へと変わっていく――地平線があった。 「わぁ・・・」 アンジェリークは、感嘆のあまり言葉も出ないようであった。 「凄いだろ? 俺も初めてここに来たとき、そうだったよ。」 「えっ?」 「ははは・・・実はこの景色が好きで、たまに一人で来るんだ。」 照れたように彼は笑った。 アンジェリークは、そんな風の守護聖を―― 今までは、この宇宙を統べる女王に仕える守護聖の一人で、自分とは違う世界にいるように思えていたが、その気さくな性格や、人なつこい笑顔は、17才の自分と変わらない普通の少年のように思わせた。 「ランディ様! 星が・・」 すっかり暮れた空には、満天の星があっという間に敷き詰められており―― 「ああ。こんなのは、聖地じゃ見られないよね。」 「はい!」 「これが君の育てるエリューシオンだよ。きれいだよね。」 ランディは、独り言のように呟いた。 アンジェリークは、いつもは日の明るい時しか見たことがなかったエリューシオンがこのように美しいものだとは、知らなかった。 「はい・・・私、知りませんでした。これが、私のエリューシオン・・」 そうして―― アンジェリークは、試験に合格して女王の任に就いた。 そして、かつてライバルではあったけども、今では無二の親友となったロザリアが補佐官となった。 あの日以来、ランディとアンジェリークは、お互いに、大切な―― 淡い想いを抱いていたが、どちらもそれをを告げることはなかった。 ランディは、女王になったアンジェリークの元で、守護聖としていつも側にいて見守ってくれていた。 満天の星が降り注いでくるような夜空を見上げながら、冷たくなってきた風がその白い頬を撫でていく。 (あの時のエリューシオン・・・・) そうして時折思い出す。明るい蒼の瞳を輝かせ、隣で微笑んでいた、風の守護聖のことを。 (ランディ・・・・) アンジェリークが女王を退くことになった時、ランディは少し前に守護聖の任を降りていた。 今、彼はどうしているのだろう―― その行方を誰にも聞くことはなく。 アンジェリークは、ふっと溜息を漏らした。 もし、あの時――試験が終わる前に、想いを告げていれば、今の自分はどうしていただろう。 しかし、それはもう過ぎ去った日の事だった。あの時自分は、この宇宙を守っていこう―― それは、愛する人をも守ることに繋がる― と決めたのだから。 すっかり日も落ちて、辺りは闇に包まれようとしていた。 アンジェリークは、そろそろ屋敷へ戻ろうと、振り返る。 ふと、視界に人影が浮かんだ。 月明かりも雲で隠れたせいで、その顔もよくは分からない。 その人物は少しずつ、こらちに近づいてくる― 「・・・・誰?」 思わず、問いかける。 ここには、ロザリアと少数の人間しかいない筈―― 「アンジェリーク」 その声は、遠い遠い昔―― の記憶の中にあったような― やがて、雲が流れて月の光が降り注いで、ほんの僅か明るくなっていた。 「・・・ランディ?」 そこには、アンジェリークが忘れようとしても、どうしても忘れられない人が立っていた。 「・・・どうして・・・?」 大きな瞳を見開いて、問いかける。 本来ならば、決してそこには居るはずのない人が、何故― ランディは、聖地で最後に彼を見た時より、歳――と言うのか、雰囲気が今までの明るい彼とは少し違っていた。 背も伸びて、長めの栗色の髪を後ろでに結わえている。顔つきもどこか大人びていて。 彼は、ただ一つあの時と変わらない明るい蒼の瞳で真っ直ぐに彼女を見た。 「・・ごめん、驚かせたようだね。・・君に、会いに来た。どうしても伝えたい事があるんだ。」 アンジェリークの瞳が少しずつ、潤んでいく。 「私・・ごめんなさい、私もあなたに伝えていないことが沢山あるのに・・・あの時、試験の最後の日に言っていれば・・・」 そうして、俯いた彼女からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。 ランディは、そんな彼女にゆっくりと近づくと――優しくその肩を掴んだ。 「いいんだよ。・・アンジェリークは、この宇宙になくてはならない人だって、俺も分かっていた。だから・・・ それが終わったら、きっと迎えに行くって決めてたんだ。」 アンジェリークは、ゆっくりと顔を上げた。 涙で濡れた頬を―― ランディは、その指で優しく拭った。 「これからは、一緒にいて欲しいんだ。アンジェリーク。・・・ずっと君を愛してた。」 「私も・・・愛してた。あなたのこと。」 そうして、二人はどちらからともなく近づいて、お互いのぬくもりを確かめるように抱き締め合っていた― 重なり合った二つのシルエットはいつまでも離れる事なく― 月の光が、優しく二人を照らし続けていた― ずっと、ずっと―― 私は待っていたのかもしれない。 こうして、いつか、一緒に居られる日が来ることを。 これからは― 私は、彼とともに生きていこう。 この命が終わる日まで― 終 Writtein by Ruka 2002/9/4 up |
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琉花さんのサイトでキリ番を 踏んで書いて頂きましたvvv 長い間 想いあいながらも気持を伝えられない2人・・・でも退位後に迎えに来てくれるなんて ロマンティックですね〜〜〜(T∇T) 大人になったランディ様の面影を想像すると かなりドキドキします(≧ω≦) 琉花さん、素敵なお話をありがとうございます(*^^*) |
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02/09/06up