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文 / 深森かなみ様 ![]() |
あ〜っ ランディ、こんなところにいたのですかー」 どこかとぼけたようなのんびりした声に、ランディは素振りをしていた手を止め振り返った。思ったとおり、地の守護聖ルヴァが文字通り息を切らせて小走りにやってくるところだった。 滅多に慌てた素振りを見せないルヴァにしては珍しい。何事かあったのだろうか? 「ルヴァさま。そんなに慌ててどうかなさったんですか?」 だがランディはそんな素振りを見せることなく、近くの枝にかけていたタオルを取ると、流れ出ていた汗をふき取った。 「実はですね・・・あー、その・・・・・・・」 どうも歯切れが悪い。やはり、いい知らせではなさそうだ。 ランディは年長のルヴァを急かすことなく、その言葉の続きを待った。 「・・・陛下を見かけませんでしたか?」 「・・・・・え?」 「あー・・・やはり、あなたには率直に言ったほうがいいのでしょうねー。実は、陛下が行方不明になってしまったのですよー」 「何ですって?!」 ルヴァの言葉に、ランディは今までの落ち着きが嘘のように詰め寄った。 「あ〜。ランディ、どうか落ち着いてください。行方不明とは言っても、誰かに連れ去られてとかという訳ではないのですよ。女王執務室の机に『ちょっと散歩に行ってきます。すぐ戻ります』とメモがあったそうですからねー」 それを聞いてランディは大きく息をついた。 「驚かせてしまったみたいですみませんね」 「いえ、そんな」 だがそれなら何故?とランディは目でルヴァに問う。 「ちょうどその頃、ジュリアスが陛下に会いに来たんですよ。ロザリアは咄嗟に『執務が立て込んでいるので後にして欲しい』と機転を利かせたんだそうですが、ジュリアスが再び来る前に何とか探し出したいと私のところに来ましてねー。あなたなら何かご存知じゃないかと思って、探していたんですよー」 「・・・そうですか。でも、アンジェリークは・・・いえ、陛下は俺のところにも来ませんでした」 「・・・・・はー。一体陛下はどちらに行ってしまわれたのでしょうねー」 ガックリと肩を落とすルヴァに、考え込む素振りをしていたランディは言った。 「ルヴァさま。俺に心当たりがあるんです。少し待っていていただけませんか?」 「は?・・・あー、それは是非お願いします。何と言ってもあなたにお願いするのが一番ですからねー」 ルヴァはそう言って微笑んだ。 「すみません、ルヴァさま。で、タイムリミットは何時なんですか?」 ランディと女王の恋を知っているルヴァの言葉に、ランディは顔を赤らめた。 「え〜と、今は1時ですね〜 ジュリアスは午後のお茶でも一緒に飲みながら話をしようと言っていたそうですから、あと2時間・・・と言うところでしょうかねー」 「分かりました!じゃあ、それまでに陛下を連れて帰ります」 「頼みましたよ、ランディ」 「はい!じゃあルヴァさま、また!」 そう言いながら走り去って行くランディを、ルヴァは目を細めながら見送っていた。 ランディは森の湖を横目に見ながら、ひたすら奥へと走っていた。もう少し行くと、花畑へと通じる脇道へと出る。この聖地でも、ランディとマルセルくらいしか知らない秘密の花園だ。その場所へ連れて行ったアンジェリークが、ずいぶんと気に入っていたのを思い出したのである。 「そこにいてくれるといいんだけどな」 そうひとりごちながら、ランディは一見見落としそうな脇道へと入った。木々が生い茂ってがいるが、しばらく進むと突然広い野原に出る。 色彩豊かな花々。甘い香り。 ランディは立ち止まると、思わずその風景に見入った。ここはいつ来ても自然の力に満ち溢れ、不思議と元気と勇気が湧いてくる。 「いけない!こんな事してる場合じゃなかったっけ」 きょろきょろと注意深く、ランディは探し物を探し始めた。なるべく花たちを踏みつけてしまわないように注意しながらの探索はなかなか困難だった。だが、思ったよりも早くにその探し物は見つかった。 秘密の花園に一本だけ根を下ろしている大きな木。そのすぐ下に、ランディは探し物を見つけたのだ。 「いた・・・」 思わず微笑みながら駆け寄ろうとしたランディだったが、その足を緩めゆっくりと近づき始めた。 探し物は、まるで眠り姫のように気持ち良さそうに寝てしまっていたのだ。 あどけない少女の表情。まるで天使のような寝顔。 「疲れてたんだな。就任以来、執務に追われてたからな・・・・・」 そっとランディはその隣に腰を下ろした。 「もう少しだけなら・・・いいよな?」 そう言うと、ランディはアンジェリークの顔を眺めた。 女王候補生時代からまだそんなに時間が経っている訳ではない。だが、彼女にかかる責務のせいか、ここのところ急激に大人びてきていた。それは確かに見かけにも言えることではあったがそれだけではない。精神的にもかなり強く、そして大きくなっているだろう。しかし、その急激な変化はアンジェリークにとって生半可なものではなかったはずだ。 「う・・・ん。・・・・・ラン・・・ディ」 思わず呟かれた自分の名前に、ランディは照れたように微笑んだ。 「・・・・・・・?・・・え?!ラン・・・ディ??」 人の気配に目覚めたのか、眠り姫は訳が判らずきょとんとした表情を向けた。そして、ガバリと起き上がるとまじまじとランディの顔を見つめた。 「・・・えーと。あの・・・どうして、ランディがここ・・・に?」 「おはよう、眠り姫。ロザリアとルヴァさまがずいぶんと心配してたよ」 「あ・・・・・」 アンジェリークはえへへと笑った。自分がとった行動を思い出したらしい。 「・・・・・怒ってた?」 「怒ってはいなかったけど、君を随分探してたみたいだった」 ランディの言葉にしゅんとし、アンジェリークは素直にゴメンなさいと告げた。 ランディも怒っているのかと、そっと上目使いに見上げる。 「ランディもだいぶ探してくれたんでしょう?」 「俺は、ここだけだよ。・・・君がどこにいるのか見当がついてたからね」 そう言うと、ランディはアンジェリークに顔を近づけた。 「でも、ロザリアとルヴァさまにはちゃんと謝っておいたほうがいいよ。君がいない間に訪ねてきたジュリアスさまをごまかすのに大変だったみたいだから」 「ジュリアスが?」 「うん。3時にもう一度訪ねるって事で落ち着いたみたいだけど・・・」 「え?今何時?」 慌てるアンジェリークに、ランディはポケットから海中時計を取り出すと彼女に見せた。 「ほら、まだ2時前だ。大丈夫だよ。」 「・・・・・良かった〜」 ホッと胸を撫で下ろすアンジェリーク。蜂蜜色の髪が陽光を浴びて眩しいほどに煌いている。 「・・・ランディ?」 気がつくと、ランディはアンジェリークを抱き締めていた。 「・・・ごめん。でも、もう少しこうしていてもいいかな?」 「うん・・・・・」 本当ならこんなふうに抱き締めてはいけない人なのだ。だけど・・・もうこの恋は手放せない。―――何があっても。 「好きだ・・・大好きだ、アンジェリーク・・・・・」 「・・・どうしたの、ランディ?」 「君をこうして抱き締められて、俺は幸せだなって・・・しみじみとそう思ったんだ」 「それは私も一緒だわ・・・。あなたがこうしていつもそばにいてくれるから、女王としても生きていける・・・・・・・」 二人のまわりを爽やかな風が吹きぬける。 揺れる花々、光のロンド・・・そして恋人たちを包むかのような優しい風。 「俺はいつまでも大切にするよ。・・・君と過ごす大切なひとときを。そして、いつまでも君の安らぎでいたい―――」 頬を薔薇色に染めたアンジェリークの顔が近づき、そして甘い声が耳元をくすぐる。 「愛してる・・・・・・・」 ほんの僅かな時間でさえも、恋人たちには大切なひととき。 それは決して色あせる事ない真実―――。 ランディはポケットからはみ出したままの懐中時計を、そっと奥にしまい込んだ。 ![]() |
<FIN> |
03/05/19up