文 / 晶 様





大地に風が渡る。
なだらかな丘陵が、まるで海のように揺れた。
緑の海原。

遠くには白い山。
その下の緑豊かな森。
森から伸びる一つの街道は俺達のいる丘を通り、まっすぐ反対側の街に伸びていた。

丘から少し離れて、赤い屋根の風車小屋が見えた。
風車からこぼれ落ちる水がキラキラと光る。流れた小川は、遥か先の海に繋がっているんだろうか?

小高い丘にチェックのシートを敷いて、俺は動く絵画を眺めるかのようにその風景を見ていた。
目はいい方だから、鳥や花の種類も言い当てることができた。
彼女は楽しそうに腕を伸ばして、遠くのものを指しては俺に尋ねた。
いちいち応えてあげる。

太陽の光を受けて、眩しいほど輝く彼女の髪。
風が吹いて、ふわり、ふわりと軽やかに動く。

まるで小鳥のような笑い声。
俺の耳に高い余韻を残して、甘やかに溶けていく声。

オレンジを差し出され皮をむく。
その爽やかな香りは心を上昇させ、膝に添えられた手が俺の体をどっしりと大地に結び付ける。

高く飛んでいきたいと願っているわけじゃない。
飛びたくないとも思っていない。
常に前を歩き
常に高みを目指し
俺は挑戦していきたいと思ってる。

何に?

それは自分の人生に。
自分の生きている世界に。
この星に。

この緑溢れる惑星に。
俺は常に歩き続けたいと思っている。

時には羽ばたいて飛行したいと。
真っ青な空に両手を広げ、風をおこし、雲を突きぬけ、まだ見ぬ世界を冒険したいと。
体全体で世界を感じたいと。


丘の側にも川が流れている。
川といっても、足首をつけるのが精一杯のような浅いものだ。

彼女はそれでも水を触りたかったらしい。
サンダルを脱ぎ捨て、オレンジを食む俺の横をすり抜けて川に入った。
歓声を上げる。
水はそれほど冷たくはないようだ。

髪を跳ねらせ、すくった水を空気いっぱいの世界に散り上げる。
まるで風車小屋。

俺に向かって手を振って、くるりと回る。
スカートがそれにあわせてひらひら踊る。

―ハチミツ色の天使が風車を回す。

俺は丘に一本だけ生きている木に背を預けた。
丈の短い木。
それでも葉をたくさんつけて、実に登りしやすそうな枝振りだった。
彼女はまだ水と遊んでいる。
花の香りが鼻先をかすめた気がした。

いつだって高くありたいと思う。
でもそれは、隣に彼女がいるからだ。
彼女がいるからこそ、俺は世界を飛びたいと思う。
彼女がいるからこそ、俺は歩き続けたいと思う。
彼女と手をつなぎ、いつだって高くありたい。

そう願うことは、罪なんだろうか?

意味を考えなかったわけじゃない。
逃げ出していたわけじゃない。
避けて考え、後回しにしていたわけじゃない。
そうじゃないけど…

二人で歩くこと。
長い人生を、共に歩いていくこと。
それは果たして罪なんだろうか?

森の緑を
大地の茶色を
空の青と
雲の白さ

例えばこんな風に。
休日には二人で出かけて体を動かし、息を弾ませ汗を流す。
彼女の作った弁当を食べて、ちょっとだけ昼寝もして。
俺が横になっている間に、彼女は何をするんだろう?
春には花冠を、夏には草編みを。
秋には木の実を拾い、冬には小さな雪像を作る。
それとも、俺の横で一緒になって寝息をたてるのかもしれない。

花の色を
風の色を
呼吸のテンポを
つないだ温もりを

二人で歩くこと。
長い人生を、共に作り上げていくこと。
それは果たして罪なことなんだろうか?


守護聖と、女王候補。
多くの人々にとって存在は希少かもしれない。
でも、決して奇跡なんかじゃない。
俺達がこうしているのは、奇跡なんかじゃないんだ。

答えはまだ分からない。
二人がこれからどうなっていくのか想像もできない。
二人で生きていけるのか。
結局離れてしまうのか。
答えはまだ出ない。

ねぇ、アンジェリーク。
君が何を選ぼうと
どの道を歩いていこうと
俺はその支えになってけたらって思うよ。
たとえその道が途中で枝分かれしていようとね。
俺の払える全てを支払ってでも、君には幸せでいてもらいたいんだ。



ねぇ、アンジェリーク
君を愛している。









 



まどろんでいた俺が完全に目を覚ますと、世界はもう夕暮れの帳を降ろしはじめていた。
星が輝き、オレンジと赤と、白と紫が空を彩る。
「もう夕方なんだ…」
アンジェリークに声をかけたつもりだったけど、どこからも返事がない。
木に預けていた背を伸ばす。膝には持って来た一枚のブランケット。
アンジェが掛けてくれたんだろう。
「アンジェリーク?」
座ったまま辺りを見回す。隠れる場所もないこの丘に、彼女の姿はない。
「どこにいるんだい?」
振り返り立ち上がろうとしたら…白い足が見えた。
アンジェリークが枝の又別れした部分をベッドにして眠っていた。
幹は太く、彼女の体は安定していたけれど。
「危ないよ、アンジェ。」
無防備に晒された白い足を見て呟く。
立ち上がり彼女の顔を覗く。俺のちょうど肩ほどに眠る彼女は、星々が照らした宝石のようだ。
「アンジェ?」
前髪と頬を撫でる。
「ん…もうちょっと……」
もしかしたら寝ぼけているのかもしれない。
「風邪引くよ。もう戻ろう?」
「……」
今度は返事がなかった。
「アンジェリーク?」
「……あと、ごふん…」
可愛い顔をして、少しだけ眉を寄せている。
俺は微笑んでもう一度腰を掛けた。
彼女の足がまだ枝から落ちたままだった。
そっと手を添えてその甲にキスを送る。
「おおせのままに」

どうなっていくのか分からない俺達だけど。
せめて、許されたあと少しの間だけは、二人でいよう?
その残された時間があと5分でも。



                                     fin





晶さんからご好意で頂きました〜〜(≧▽≦)
ランディ様の内に秘めた強い強いアンジェへの想いが、切ないほど伝わってくる素敵なお話です(*^^*)
まるでコミック版の2人の クライマックスを迎える前の隠された一日のようv
2人はこうやって逢瀬を重ねて想いを強くしていったのかな・・・と。
そして、情景描写も鮮やかで 2人にピッタリの爽やかなシーンですねv
アンジェの素足にキスをするシーンが 激萌えっ(*^^*)
晶さん、素敵なお話を飾らせて頂いてありがとうございました!
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03/03/02up