「シチュー 」

「シチュー 」 大杉 涼


	ぐつぐつと
	ぐつぐつと
	シチューが煮えている
	ふたをあけて
 
	おおーーーーい!
	助けてくれぇぇーーーー!!
 
	と叫んだ。
 
	シチューの中からは
	なんの返事もなく
	時計の振子の音と
	シチューのぐつぐつという音だけが
	厨房のなかでジャムってた。
 
	しづかな時。
	ああ 湯気が論呑(ロンドン)の霧のよう。
	なんの助けも無いほうが
	いいときもあるって。
 
	このごろ筑波山からのぼる月には
	目も鼻も口もある。
	しかもリンゴ病のほっぺたが
	憎々しいほど赤い。
 
	俺はそんな月を眺めながら
	シチューを喰った。
	とっても熱かったので
	口の中に火傷ができた。
 
	でも俺はシチューを憎まない。
	憎みきれない。
	あなたを憎みきれなかったように。
	

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