「札束 」
大杉 涼
俺は風呂上がりにコヲラを飲む。
新鮮なのが好きなので
近くのジャスコ下の自販機まで買いに行く。
洗い髪シャラシャラと鳴らしながら
いつものようにコヲラを買いに行くと
水銀灯の下に開襟シャツの男がいた。
この時期に開襟シャツ一枚。
寒くないのかなーと思いつつ男とすれちがう。
男は両手になにやら本のような物を持っていた。
にんまりと白い歯を俺に見せた。
ラジヲ体操第一のようなポーズを気取りながら
それは水銀灯の明かりに照らし出された。
札束だ。
聖徳太子の束。
片手に一千万。(推測)
もう片手に一千万。
男は満足そうに笑っている。
俺は過去に何回も
キチガイとかかわり合ってロクな目にあった事がない。
この場合もそうに違いない。
俺は足早に立ち去ろうとした。
その時!
男の表情がキキキッ!と強ばった。
そおら来たぞ!
だからキチガイはごめんなんだよ。
男は札束を振りかざしながら
猛然と走ってくる。
俺は逃げたぜ脱兎状態。
しかし
男は俺を追い抜いた。
やつの獲物は通りすがりのコンパニオンだった。
コンパニオンに決まってるよ。
豹柄だもの。
俺は札束が空を切り裂く音を
確かにこの耳できいたよ。
後頭部、眉間の裏側に打ち下ろしが入ったんだ。
悲鳴を上げる間もなかったね。
タオルを巻いた瓦を砕いた様な響き。
真紅の体液。
立ち上る湯気。
マネキンを転がすように豹柄は倒れた。
倒れた後も
札束の角で何度も何度も殴られた。
頭が頭でなくなった頃に
ようやくその手は休められた。
男はにんまりとこちらを向いて
笑った。
白い開襟シャツは赤くなっていた。
その他もね。
顔や腕からぽたぽたと体液が落ちていた。
ぽたぽた。
おばあちゃんのぽたぽた焼というフレーズが
脳裏を掠めたよ。
血染めの札束を持って
男は十字架のようなポーズで立ち上がった。
その体制から腰を少しかがめると
両手の札束から青白い炎が吹き出した。
そう
50号バイパスが滑走路となり、
男は離陸体制に入ったのだった。
ごおおおおっ!
アフターバーナーの排気音。
ケロシンのニオイが下館に香る。
ぐんぐんと加速する男。
靴底のゴムが飛び散る。
金属音のポルタメント
LOWからHIへ
マキシマム・パワー!
ああ!!
ズガガガガガァァァァーーーン・・・・・。
50号バイパスは
滑走路にはあまりに短かったよ。
だってすぐそこに5叉路があるんだもの。
ジョイフル山新の方へ離陸すればよかったのに。
・・・翌朝。
5叉路の青果市場は男とトマトで
ぐちゃぐちゃだった。
俺は思うね。
彼の死に顔があったとすれば
満面の笑みに白い歯がキラリ。
彼は札束で幸せが手に入ったのか。
幸せはカネで買えると誰かが言っていた。
カネで買っても盗んでも
幸せを感じるのは人の心。
幸せ、探そうぜ。
とりあえず俺は
風呂上がりのコヲラ1杯から・・・。
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