05.08.19
求職バッティング



漫然と繰り返す毎日が怖くてもったいなくて、アルバイト生活に見切りをつけて就職活動に走っているわけだけれど。まったくコレは、大変なものなのだなあと痛感している。真剣な就職活動自体が初体験なもので、よくニュースなどで新卒の子が「50社受けました」とか言っているけど、なるほどそういう世界だった。

書類で落とされ、たまに面接までたどり着いても厳しい対応。これは精神エネルギーを多量に消費する。それまで身にまとっていた根拠無き自信をいとも簡単にはぎ取られ、どーせなにをやってもうまくいかないんだとひねくれ、隣の畑が青く見え、知人友人が冷たく感じられ、誰も彼も皆みーんな死んじゃえばいーのになんてつぶやき出す。負の精神スパイラル。

あまり腐っていると、どんよりしたオーラが次々と不運を招き入れ、気がついたら犯罪に巻き込まれていた、なんて事態にもなってしまいそう。
なので、外に出て、よく歩くようにしている。歩くと頭がスッキリするし、せっかくの夏だし。日焼けとクヨクヨは反比例するからきっと。

ふらふら歩いて、三軒茶屋へ。ビルの上に、バッティングセンターを見つける。
そういえばバッティングセンターなんて十数年行ってないなあ、やってみようかなあ、でも打てないだろうなあ、まあ誰かのバッティングを後ろから冷やかしてやろうかなあ。 なんて心持ちで螺旋階段を上がっていくと、打席三つのなんとも小さなたたずまい。
打っている人は誰もいない。

けれど、見学のベンチに、女の子が一人、ポツンと座っている。
見たところ、高校生くらい。色白で麦わら帽で白ワンピースで長めの黒髪、おいおいどこの懐古青春マンガから飛び出してきたんだよというような雰囲気。でもまあ、そういう子が現代にいるのは嬉しくなくもない。

きっと誰かと待ち合わせしているのだろう、女の子同士の待ち合わせでこんな場所を選ぶはずもないから、彼氏なのだろう、などと勝手に想像する。その子は、今時の待ち合わせ風景にありがちな「携帯いじり」をするでもなく、誰もいない打席をただ見ている。これはひょっとすると、野球部の彼氏が交通事故で二年前に他界し、それを悼んで物思いにふける少女2005なのかもしれぬ、などとさらに勝手な想像を繰り広げる。

そこで気がついた。これは困ったことだ。
つまり、これから打席に立つ私を、この子が見るということだ。他に誰もいないのだから、自然にそういう流れになるに違いないのだ。
なにせ十数年ぶりのバッティング。しかも十数年前の若かりし自分ですら、バッティングセンターで快音を鳴らしたなんて気持ちいい経験はナシ。
うーむ、若い女の子にわざわざ無様な格好をさらす為だけに金を払うのはなんとも馬鹿げた行為だな、と思い、きびすを返しかける。逃げてしまおうと簡単に決意。
が、思い直す。いや待てよ、ここで出て行ったら、あまりにもわかりやすい行動ではないか。つまり、女の子のギャラリーに恐れをなして逃げ出すヘッピリ野郎の典型という風になってしまうではないか。もしも自分が客観的にこの情景を見ていたら、逃げ出した男を笑うね。その笑い話を肴にビール開けちゃうね。ビール飲んでスルメかじりながら、逃げ出した男の情けなさをクフクフ笑って満喫しちゃうね。

と考えたら、逃げ出すわけに行かなくなった。
仕方がない、打席を選ぶ。85キロ、90キロ、100キロの3種類。
うーむ、85キロでいきたいのは山々だが、ここは選択の余地無し、最速100キロ見栄っ張り仕様。

数本ささっているバットから1本選び、いや正確には何をどう選んで良いのか基準が分からずなんとなくガチャガチャかき回して選んだフリをし、財布から200円取りだす。投入口に入れる際、チラリ女の子を確認。
麦わら帽に隠れて、目が見えない。
けど絶対こっちを見ているのだろうな、と確信。途端に全身に緊張が走り、背中に嫌な汗。
逃げ出したい気持ちを抑え込み、コイン投入。いざ勝負!

全20球、数回の空振り、数回の凡打、数回の快音と、まあ自分にしてはよくやった方だが、見ている者には面白くも何ともない結果に終わった。
さて、これで逃げ出せるぞ、「私はこうしてたまにぶらりと立ち寄って、20球流して帰ります。コレが私の健康法です」という体裁が整ったぞ、と安心しながら、打席を抜ける。

女の子を見る。
携帯電話をいじっていた。

急速に興ざめていく自分を確認しながらも、まあ満喫したなあ色々と、と思った。
二日後、全身筋肉痛。


表紙に戻る