寒山拾得 (中)

 寒山の人物像を、その詩の中から探ってみると、「少小より経を帯びて鋤き、本と兄と共に居む。他の輩の責むるに遭うに縁り、剰つさえ自妻に疎んぜらる」とあり、もとは農家の出身で、若い頃より、読書したり、兄と共に田を耕したりして過ごし、結婚もしますが、何かトラブルがあり、人から非難され、あまつさえわが妻にも疎んぜられるようになり、いたたまれず家を捨て、放浪の身となります。以後、文官になることを夢見て、難関といわれる科挙に合格することをめざしますが、果たせず失望し、天台山の寒巌に隠棲することとなるのです。

 寒山にとって、この地は、求道と詩作するにふさわしい理想郷でした。ここで修行するうちに、それまで親しんできた道教の思想を捨て、禅仏教に傾倒していきます。そして、ついには、悟道の隠士と呼ばれるようになるのです。

 寒山は、寒巌にあってどのように自由な心を獲得していったのか、いくつかの詩から味わってみることにいたしましょう。

◎一三八

 人生百に満たざるに
 常に千載の憂いを懐く
 自身病い始めて可ゆれば
 又た子孫の為めに愁う
 下は禾根の下を視
 上は桑樹の頭を看る
 秤槌東海に落ち
 底に到って始めて休むことを知る

【解釈】人の一生は百年にも満たないのに、人は常に千年もの憂いを抱いている。自分の病気が漸く治ったと思ったら、今度は子や孫のことまで心配してやらねばならない。たとえば、稲の根元の育ち具合を調べるのに下の方を覗いたり、桑の木の伸び具合が気になるので、上の方を睨んだりするように。色々と心配するが、分銅が海の底に沈んでしまうように、もうこれでおしまいだと諦める。

《私評》人間、せずともよい心配を、死ぬ間際まで飽きもせずしている。死んでから休むのではなく、一休み、一休み。

◎一五五

 人生一百年 仏説十二部
 慈悲は野鹿の如く
 瞋怒は家狗に似る
 家狗はおえども去らず
 野鹿は常に好く走ぐ
 び猴の心を伏せんと欲せば
 須らく獅子吼を聴くべし

【解釈】人生は長くて百年であり、仏の説法は十二種類ある。慈悲は野の鹿のようであり、瞋怒は飼った犬のようなものである。飼い犬ー瞋怒ーは追い払っても去らないし、野の鹿ー慈悲ーはいつもよく恐れて逃げようとする。猿の心ー妄心ーを降伏させようとするならば、獅子の吼える声ー仏陀の説法、大法輪ーを聞くべきである。

《私評》これらの喩えは、『涅槃経』にあるが、言い得て妙である。

◎二九一

 身に空花の衣を着
 足に亀毛の履を躡み
 手に兎角の弓を把り
 無明の鬼を射んと擬す

【解釈】身には空華で作った衣裳を着け、足には亀毛で作った履き物をはき、手には兎角で作った弓を手にして、煩悩の鬼たちを射殺してやろう。

《私評》白隠禅師は「自受用の活三昧を述ぶ」と評し、寒山が心に自由を得たときの法楽が、この詩を読むものにも伝わり、胸がすく。

◎二九五

 寒山の無漏の巌
 其の巌は甚だ済要なり
 八風吹けども動ぜず
 万古人妙を伝う
 寂寂として安居に好く
 空空として譏誚を離る
 孤月長えに明らかに
 円日常に来たりて照らす
 虎丘と虎谿と
 相い呼召するを用いず
 世間に王傅有り
 把りて周召と同ずること莫かれ
 我れ寒巌に遯れし自り
 快活にして長く歌笑す

【解釈】寒山には、無漏の巌があるが、その巌は実に重々しく立派である。どれだけ八風が吹こうともびくとも動かない。いつまでもその霊妙な姿を伝える。そこは物静かで修行するのに良い処で、しかもからりとしていて、人の責めたり誹ったりするようなことは全く無い。一輪の明月がいついつまでも夜の空をあかるく照らし、円い太陽はいつも天空に現れて光り輝いている。ここは虎丘と虎谿との清浄な霊地のある所であるが、どちらからも呼び招くには及ばないーこの無漏巌のよさはとても虎丘や虎谿とは取り換えられない。

 世間には王の補佐役がいるが、その人は周公や召公と同じ扱いをしてはいけない。

 私がこの寒巌に隠棲してからは、気持ちがさっぱりして憂いも無いのでいつも無心に歌ったり笑ったりしている。

《私評》「八風」とは、利益、衰退、陰口、名誉、賞賛、悪口、苦、楽の八種。これらに一喜一憂して動揺するのが我ら凡夫である。似た禅語に「風吹けども動ぜず天辺の月」がある。小さき心の我々にはなかなか難しい。

※注 詩に付した番号、及び、書き下しは、座右版『寒山拾得』久須本文雄著(講談社)によった。また、【解釈】も同著作からの引用である。

(2010/2/18)