虎の鈴

 7月5日未明――地球の裏側では、米国がスペースシャトル「ディスカバリー」を打ち上げて独立記念日を祝っていたが、その数分後――北朝鮮は独自のショーを行い、世界中の注意をぐっと引き付けた。この孤立した国家は、唯一の同盟国である中国を含む世界各国からの度重なる警告を無視し、少なくとも2カ所から6発のミサイルを日本海に向けて発射した。発射されたのは、韓国を攻撃することが可能な短距離弾道ミサイル「スカッド」、日本を圏内に収める「ノドン」、それに理論上は米国のアラスカ州や西海岸にも到達する能力がある長距離弾道ミサイル「テポドン2号」などである。(『英国エコノミスト誌』7/6付)

 この件に関し、その後、国連安全保障理事会で北朝鮮非難決議が採択され、さらに、主要国(G8)首脳会議(サンクトペテルブルク・サミット)では、各国首脳が、北朝鮮のミサイル発射の凍結や核開発の即時停止、核問題に関する6カ国協議への早期無条件の復帰を求めることでも一致したと、ニュースは伝えています。

 日本にとって、この北朝鮮のミサイル開発問題は、隣国であるだけに、どうしてもナーバスにとらえがちですが、諸外国の見方は、「前時代的な経済と、エキセントリックな指導者を抱え、世間から隔離したような王国は、しばしば、恐ろしいというよりも悲喜劇画的にさえ見える。多くの点で、北朝鮮はアジアで最も恐るべき国ですらない。」(『英国エコノミスト誌』7/6付)とか、米ハドソン研究所首席研究員の日高義樹氏は、「ミサイル発射は北朝鮮の精いっぱいの抵抗で、独立記念日と重なったのも子供っぽいこだわりに過ぎない。金総書記にもう打つ手はなく、これが滅亡の第一歩。最後の打ち上げ花火。ミサイルの飛距離も発射数も、米国に反撃されないことを計算した最大限のもの。米国はもはや北朝鮮を相手にしておらず、今後は北朝鮮を擁護してきた中国との交渉に注目が必要だ」と指摘しています。

 ともあれ、今後の北朝鮮は、金正日総書記という指導者の動向に注視していかなければならないことは確かです。そこで、興味深いエピソードを紹介致します。

 法眼文益という、中国唐代末、中国禅宗史に重要な役割を果たした、法眼宗の祖といわれる禅僧が、ある日の上堂(説法)で、弟子たちに「虎の頸に金の鈴が繋けてある。誰かこれを解いてやる者がいるか?」という問題を出しました。

 イソップ寓話にも「鼠が猫の襲撃に備えて、猫の首に鈴をつけようと話し合い、満場一致で賛成したものの、誰がその鈴を猫に付けるかの段になって、結局この案はご破算となった」という、鈴を付けると外すの違いはありますが、よく似た話があります。

 ただ、禅の問答(公案)は、分からないからといって、ご破算というわけにはいきません。弟子たちは、真剣に考えました。しかし、誰ひとり答えることができませんでした。ちょうどそこに、泰欽という弟子が外から帰ってきて、すぐさま、「それは、繋けた者が解く」と答えたといいます。

 なるほど、北朝鮮虎の頸の鈴は、動くたびに騒がしく、国連安全保障理事会、G8首脳、6カ国協議で、寄って集って何とか外しにかかろうとしても無理なのは、そういうことだからでありましょう。銃を突き付けて外すという方法も無いわけではありませんが、それでは平和的問題解決にはなりません。やはり、鈴を付けた本人に、自分から外させる方策を考えるべきでありましょう。

 さて、このようなことは、国際情勢のような大きな問題ばかりではなく、私たち個人の問題にも当てはめて考えることができます。

 たとえば、私たちの心の中に飼っている虎の頸にも、鈴がついています。お金が欲しいという鈴、出世したいという鈴、長生きしたいという鈴、逆に、早く死んでしまいたいといった鈴等々、さまざまな欲望の鈴、はたまた、何かにつけて憤慨ばかりしている怒りの鈴など、それはそれはたくさんな鈴をぶら下げています。それが、歩くたび、寝返りうってもガラガラ音を立てて、私どもを苦しめます。医者に診てもらっても悩みは解消されず、まして、サラ金の門を叩くようなことになれば、頸が折れるほど鈴の数が増えてしまいます。それら悩ましい鈴の音を消すには、その鈴をかけた本人が、自ら外して捨てる以外、解決はしないということでありましょう。

(2006/7/18)