「最近の事」過去ログ'14.8月〜'14.11月「エッセイ・インデックス最近の事」へ
「バッカスとラミー」14..11/25
今日、コンビニに入ったら、
ロッテの「バッカス」チョコが売っていた。
お酒のコナャク入り。
あの緑の箱。
小さい頃の僕には、まさに禁断のチョコであった。
禁断ではあったが、実によく食べた。
一時は消えてしまったのに、ここ10年くらいは復活している。
ついつい買ってしまう。ついつい手が伸びて。
「どうやったらやせるのか」14..11/22
今月はなんだかんだといろいろ食べた。
ダイエットは、もうあきらめたので、
来年からしてゆこうと思う。
仕事は体をかなり動かすので、
すぐに効果があると思ったが、そうでもない。
どうやったらやせるのか??
油をひかえれば、いいのか。
たべなければいいのか。
糖分を抑えるのか。
詳しいことがわからない。
初めてのことなので。
「ピアノマン」14..11/17
古着屋さんで、ビリー・ジョエルの「ピアノマン」が、
大きな音でかかっていた。
「ピアノマン」が、出たのは、ほぼ40年前、
普通だったら、少しレトロな音になりそうなものだけれど、
なぜか「ピアノマン」は、今の音がしていた。
というか、今もあるピアノ酒場の音。
ドラムやベースも入っているけれど、
やっぱりそこはピアノ酒場の音。
今も昔も変わらない。
すばらしい音響があるわけじゃない。
ざわついた音とピアノがあるだけ。
「ピアノマン」を聴いていると、情景が目に浮かぶ。
これ以上ないくらいに。
だから今でも新鮮なのだろう。
「絵描きさん」14..11/14
先日会った美術家のみなさんは、
とても明るく、次々とアイデアを話し、活動的であった。
誰にでもすぐ話しかけていた。
僕が若い頃に出会った美術家のみなさんは、
みんなもの静かであった。
よく喋るなんて、意外だったな。
普通の人以上によく喋っていた。
アイデアがあぶれてくるようであった。
現代の美術家のみなさんは、この位のパワーがないと
やっていけないのか。
まあ、そんなことはないだろうが、、。
可能性はある。
生きることすべてが表現のようであった。
一人になったときはじっと考えているのであろうか。
僕の出会った美術家のみなさんは、みんな静かであった。
なんだかきつねにつままれたような気分であった。
「なじみ友達の歌」14..11/10
友達のライブのビデオ編集で、
何度も同じライブを観た。
初めて聞くシンガーさんもいた。
ライブ当日は、それなりに聞いていたが、
ビデオでじっくり聞いてみると、どの歌も、
きっと何度も歌われ、いろんな場面で、
その歌を歌ったであろう。それがよく伝わってきた。
それらの歌はなじみの友達のようであった。
何度も観ると、それが伝わってくる。
「パワータ゜ウン」14..11/7
季節の変わり目なのか、
体がとても重い。まあ、太ったせいもあるのだけれど。。
寝不足が続いているせいか。
バリバリといろんなことが出来ない。
完全にパワーダウン。
信じられないことだが、夜眠ると、
あっというまに、朝になる。
その間の記憶がない。
ずっと起きてるような感じ、土曜はよく眠らないとね。
ぜんまいを巻かないとね。
「音の一番搾り」14..11/3
友達の企画ライブに行った。
ここから少し離れたみなさんたちの音楽。
どんなアーティストも一曲目、二曲目と聴いてゆくと、
慣れてきてしまうもの。
ギター弾きの人もいて、その人は一曲だけちゃんとプレイしたが、
その一曲でも十分なくらいに伝わるものがあった。
友達の歌った一曲目は、いつもより何倍も歌の手触りを感じた。
たぶん、それは想いとつながっているのだろう。
たとえ、うまく歌えなくても、緊張していたとしても、
やっぱり、一曲目にだけ感じられるものがある。
歌の一番搾りという感じか。
「曲順」14..10/'30
今回の札幌小樽ツアーでは、
曲順にかなり力を入れた。
いつもどうりなら、ここでこの曲ということを一度崩して、
パズルのように入れ替えてみた。
大事な曲順のところに、久し振りの曲を持ってきたりした。
後半にいつも歌っていた曲を、最初のほうに持ってきたりして、、。
今回はそんな曲順が、うまくはまった。
最初の数曲で、うまく伝えることが出来た。
いままで考えたことのない曲順だった。
「小樽札幌」14..10/'25
今日から小樽札幌ツアーが始まる。
札幌にも小樽にも特別な想いがある。
初めて行ったのが、もう25年ほど前。
そのときに出会った仲間とはるばる25年もたった。
今もみんなとても仲良し。
歌のひとつひとつ一行一行、
ちゃんと伝えていたい。
では、行ってきます。
「記憶力」14..10/'21
江戸の頃の人たちは、記憶力がかなり良かったのではないか。
人の名前や、地名や出来事など、メモもとらずに記憶したのであろう。
たぶん、顔と名前を一緒にイメージで覚えるのだろう。
出来事も、地方の話も、イメージとして記憶していたのではないか。
たぶんだが、人の記憶力の使い方を良く理解していたのではないか。
イメージと一緒に記憶する術を知っていたのではないか。
みんな。
そしていつでも、それを呼び出せるような術も。
「下町珈琲」14..10/'17
下町の珈琲豆を挽き売りする小さなお店。
狭い店内ながら、喫茶もやっている。
まあ、喫茶というより、丸椅子で珈琲を飲む感じ。
その店の前を通るといつもほんとにいい香りがする。
今日、午後にちらっと覗くと、
作業服を着たおじさんと、もうひとりおじさんが珈琲を飲んでいた。
たぷん、作業のひと休みの最中であろう。
店員さんも、初老のおじさんである。
なんだかその飲んている珈琲が美味そうで美味そうで、、。
なぜたろうね。
ふつうの老舗の珈琲でも、同じように淹れるのにね。
僕もたまたま訪ねたら、一杯飲んていきたい。
「学園ドラマ」14..10/'14
先日、新しく始まったテレビの学園ドラマを観た。
生徒という生徒、そして先生も、
みんな、かっこいい系とかわいい系の人たちばかり。
まあ、昔からそういうことはありましたが、
あまりにも、、。
かろうじて、先生の中に個性的な役者さんはいるけれど、、。
こんな学園ないよ。
視聴率とかの関係なのかな。テレビだからしかたがないとしても、
もうちよっと個性的な人をそろえてほしかったな。
いやまてよ。
実際の今の高校でも、、
こんな感じなのかもしれないな。。
「ギター変換」14..10/'12
いろんなことがパチパチして、
落ち着かない日々が続いている。
昨日今日ではなく、もう何年も。
ギターを、何も考えずに弾いているとそれでも、
少し落ち着いてくる。
たぶん、何をやるにしても、
一度、ギターをつなぎのクッションにしないとだめみたいである。
デジタルからアナログに変換するように。
どうも、自分の中に溶け込ますには、ギター変換しないとだめなようである。
「セイム セイム」14..10/'10
ネパール・カトマンドウから、
ポカラへバスで移動しようとチケット売場に出かけた。
ある旅行会社の店では、僕の行きたい予定日には、
バスはないと言った。
それでも僕がどうしてもその日に乗りたいと伝えると、
「オッケー」と言って、バスのチケットを作ってくれた。
当日、バス停にゆくと、その日に出発するバスがないとわかった。
あわてて、隣のバス会社に行って、チケットを見せたら、
「オッケー・ノープロブレム、カムヒヤ」と答えてくれた。
「ホワイ? トゥデイ バス ノッシング?」
すると、俺のところのバス会社に来いと言った。
「セイム・セイム」(同じ同じ・・)と、答えた。
荷物を持って、その会社のバスにゆくと、
「ノーシート、バット、ノープロブレム」と言う。
僕の席は、バスの屋根にあるというのだ。
結局、僕はバスの屋根に乗って、カトマンドウからポカラへ向かった。
1986年の話。
今は、たぶんそんなことはないだろうと思う。
「心がぎゅんと・・」14..10/'8
下町を歩いていて、ラジオから懐かしい歌謡曲が流れてきた。
「♪なみだであるいて いたでしょう〜
わるいあそびおぼえていけないこと ふふふ・・
ひとによばれて ないたでしょう〜・・」
この歌が流れてきた。あまりに懐かしい歌であったが、
誰が歌っていたか、すぐには思い出せなかった。
携帯で調べたら、麻丘めぐみのデビュー曲の「芽生え」てあった。
他の歌謡曲だって、たくさんあるのに、なぜかとても、
胸にじんと来る。
なぜだろう、なぜかしら、、。
♪もしもあなたにあわなければ このわたしは
どんなおんなのこになっていたでしょう・・
そしてラスト ♪もうあなたのそばをはなれないわ〜 はなれないわ〜 と繰り返す。
1972年のヒット曲。僕は小学5年かな。
たぶんだが、小学5年の僕は、
このラストの歌詞 ♪あなたのそばをはなれないわ〜 に、
心で、(いいよ・・)って、答えたんじゃないかな。
それで僕の心に深くとどまっているんじゃないかな。
そんなふうに思えた。
「あきらかにギターが、、」14..10/4
昨日のライブの途中で、あきらかにギターの音が良くなった。
リハのときは、がちがちの音だなと思っていたのだが、
本番になって、友達が僕のギターをワンステージ弾いたら、
突然に良い音になっていた。
あきらかに、まるで違う。
なぜ、こうなるのか。理由はわからない。
ギターのどこかにスイッチがあるとしか思えない。
一日たって、ちらっとまたギターを弾いてみたら、
すごく弱く弾いているのに、ふわっとまるい音が出ている。
それで充分と思えるほどのサウンド。
うーん、なんなんだろう。この差は、、。
またしばらくすると、もとに戻るんだよね。
ああ、不思議なギターを僕は持っている。
「自分の歌う動画を見て」14..10/1
先日アップした自分の歌う動画を観て、
いい感じで、体が揺れているなと思った。
足ではもちろん、リズムをとっているのだけれど、
歌の中の大きなリズムが体で出ているなぁと思った。
ああ、こんなふうに自分は歌っているのか、、。
少し発見。
歌っているとわからないものだな。
でも、ちゃんと歌にノッテいていい感じ。
気持ち良さそうだし。
そういえば、音響の人に、
「けっこう体が揺れますね」と言われたなぁ。
たしかに、、。でも、よしとします。
「何もすることがないときに、、」14..9/30
時間を大切に使いたいということもよくわかる。
少しでも、自由な時間があるならば、
友達のことや、気になるホームページを見たいというのもわかる。
何もすることがないときに、、。
僕にもそんな時間がたしかにある。
そんなとき、僕はお店のポスターや、
チラシや飾り物なんか見ている。
そこにある出会いだものね。
以前は、みんなそうだったんじゃないかな。
でも、今は少しだけ様子がちがう。
あの人もこの人も、ここにいない人のことを見ている。
進化した世の中になった。
でも僕は、そんな何もすることがないような、
無駄のような時間の中に、大切なものがあると思っている。
今、自分の回りにあるものが語りかけてくるような、
そんな時間。
長い間そこにあって、風景のようになってしまったもの。
そこに浮かび上がる、時代の空気。
どの場所にだって、それはある。
何もすることがないときに、
僕はずっと時間をさかのぼってみる。
そこにある鉛筆削り、そこにある本棚、
そこにある机、そこにあるギター。
そっとその話に耳を傾けてみる。
いつまでも、そういう人でありたい。
「すぎまる、ひとり待つ」14..9/28
杉並区には、「すぎまる」という100円循環バスが走っていて、
僕の住むそばにも、バス停があり、よく利用している。
20人くらいの小さ目のバス。
しかし、100円なのでとっても便利。
昨日も利用したのだが、「
近くのバス停に並んでいたのは僕だけ。
その前に利用したときも、僕だけ。
ふつうは二三人待っているのだが・・。
それはたまたまかもしれないけれど、
近くには住宅も多いのに、
この時間に「すぎまる」を利用する人は僕しかいないのだ。
なんだか不思議な気持ち。
みんな家にいるのかな。お出かけしないのかな。
人住んでいるのかな。
こんな静か。ひとりで待つ。
「冬の私」14..9/24
この冬にしたいことが確実にひとつある。それは、ダウン風ジャケットを卒業することだ。
たしかにダウン風ジャケットはあたたかい。
もう五年ほど着続けているが、今年は普通の冬のコートに戻ろうと思う。
五年前までは、ふつうに着ていたんだし、
どうも自分と合わない気がして。
でも、とてもあたたかでした。
この冬、似合うコートをひとつ買おうと思う。
「黒い歌」14..9/22
ビリー・ジョエルの「ピアノマン」のアルバムのことを思い出した。
うっすらと白い顔の浮かんでいる真っ黒なジャケット。
その中に入っていたピアノマン。
考えてみたら、黒いアルバムジャケットから、
黒いレコードを出して、かけていたわけです。
一曲目も二曲目も三曲目も黒い。
どの歌も黒かった。
レコードの黒の中に歌があった。
歌詞カードの文字も黒。
カセットテープの磁気テープも黒に近い焦げ茶。
ピアノマンのピアノは漆黒の黒。
そのピアノマンの歌は、黒いレコードの中にありました。
CDは全部銀色、歌は銀色の中。
銀色の歌になりました。
「ハシ・ス、いりません」14..9/20
コンビニでは、箸・スプーン・ストローを、
何も言わないと、それぞれに付けてくる。
ここ二年ほどは、
「箸いりません」「スプーンいりません」『ストローいりません」
毎回、言っている。
これがなんとかならないかと、いつも思う。
「箸もスプーンもいりません」
もうずーと、そう言っている。あきたよ。
箸もスプーンも、みんな持っていますよ。
先日、ミニストップに寄ったときは、
店員さんの方から「箸ご入り用ですか?」と、きいてくれたので、
「いりません」の一言で済んだ。
何が困るって同時に小銭を用意しなくてはいけないことだ。
同時にいくつものことができないよ。
なんとかなりませんか、、、。
「箸もスプーン、ストローもいりません」
この言葉を短くできないものか。
「ハシ・ス、いりません」
これで良くないか?
もっと進化してくれるなら、
ボタンがあるといいな。
「職業病」14..9/16
外回りの仕事をして、26年ほどたっているが
実によく、場所場所のことを覚えている。
今はもうすっかりなくなった建物のことも、
路地路地のことも、
なくなって久しい人のことも、
今は大人になった人の子供の頃のことも、
DVD再生のように覚えている。
それが不思議なことに、何年たっても何年たっても忘れないのだ。
所業病かな。
建て直して、15年ほどたった家の前に立っても、
古い家が目の前に現れる。
家の中までしっかりと覚えている。
亡くなった人も、生きているように目の前に現れる。
うーん、不思議な感覚だ。
ほんの数回訪ねただけの家も。
DVDのように、すぐさま再生可能だ。
僕はいつか信じられないほど克明に語るだろう。
「そのへんに瓶とか転がっていてね・・・」
「あらっ、なぜにそんなことまで覚えているの?」
そんな会話がありそうだ。
「僕らの音楽」14..9/14
最近のアフリカの音楽を聞いているが、
土地に古くからあるメロディーと、通じるものが多くあるのがわかる。
それぞれの国にはトラディショナルと呼ばれる伝承音楽があり、
それが自然に体にしみついているのであろう。
アメリカのトラディショナルフォークのメロディーや、アイルランドのケルトのメロディー。
土地土地の人たちは、ルーツミュージックとして、しっかりと受け止めているであろう。
・・・・・・・・・・・・・
さて、僕もこれからは創作の第三章として、
世界に発信できる音楽を作りたいと思っている。
単純にルーツミュージックに沿った音楽を基本にすれば良いのだけれど、
僕らのルーツミュージックって何だろうなぁと思う。
民謡、わらべうた、俗謡、詩吟、、唱歌、童謡??
僕には、そのどれもが、よそよそしいメロディーのように思える。
なぜかは不明。
作曲者不明のものもあるだろうけれど、やっぱりどこか作曲者のにおいがする。
「とうりゃんせ」や「ずいずいずっころばし」にしても、妙にメロディアスだ。
それ以前の音楽のメロディーが知りたい。地方地方の仕事唄の中にあるかもしれない。
いろいろ思い浮かべてみるけれど、やっぱりどれもちょっと口ずさむという感じではない。
でもそれらの歌を、ずっと僕らは歌ってきたんだろうか。
戦国ものを描いたドラマの中で、歌も出てくるけれど、どうもしっくりこない。
鼻歌とはいいがたい。
そうだ、祭りの演奏メロディーがあったなぁ。笛や太鼓のあれば、とても自然だ。
・・・・・・・・・・・・・
よく日本風のメロディーだねっていわれる音楽も、
僕には、よそよそしく感じられる。よそよそしく感じながら、
それに身を任せることはできない。
ここまできたら、自分の感覚を信じて、自分のビートと言葉とメロディーと演奏で、
作るしかないかな。
ヒントは「日本語」の響きの中にあることは知っている。
これだなと思える歌が一曲出来ればなぁ。
願わくば、踊れる歌を。
「中村のじいさん先生」14..9/11
高校は商業高校であった。
高1のときの担任の先生は「中村先生」。
けっこうな年の先生で、「中村のじいさん」と呼ばれていた。
ほとんど髪がなくて、白髪であった。
ゆっくりと歩く。にこにこっと笑う。
中村のじいさんは、もうその商業に30年くらいいるって言っていた。
そして今年が教師生活が最後になるという。
小学校時代、中学時代、そして高校時代と、担任の先生も多くいたけれど、
今思い出しても、中村のじいさんの話が、一番印象的であった。
中村のじいさんは、授業中に体験話をするとき、
熱心に一所懸命にいつも話してくれた。
まるでその情景が見えるように。
授業中なのにそれでいいのかと思うが、もう始まったら止められない。
38年たった今もいくつも覚えている。
さむい地方に行ったときの冬のトイレ「くそたけの話」。
若い頃のケンカ、「50対1の話」
作曲家ドビュッシーの「『月の光』にはまった話」
他いろいろ。
中村のじいさんはよろよろと教室に入ってきたが、
いつも満面の笑みであった。
教師としての最後の一年、毎日が輝いていたのかもしれない。
小学校・中学校・高校と多くの担任の先生がいたけれど、
中村のじいさんだけは何かちがう。
ちゃんと人生を教えてくれた。
あんなに一所懸命に体験話をしてくれた先生はいない。
「くそたけ」の話をもう一度聞きたい。
「それは丘のようなところで・・」14..9/8
いろいろと考え事もするけれど、
そっと目をとじてみれば、混乱しているのだとわかる。
そんなとき、丘の上で思ったことを思い出そう。
そう思ってみたけれど、実際に丘に座って考え事をしたことはほとんどないであろう。
でも、丘のようなところなら、それはある。
そこで僕が何を想ったか、、
それを思い出すのがいいだろう。
混乱しているときは。
「それをうまく伝えたいのだが・・」14..9/6
電車の中でも、歩いていても、歌を作lりたいというイメージはあるのだけれど、
実際に歌を作るとなると、やっぱりギターが必要になってくる。
楽器というのは不思議なもので、手に触れていると、次々とメロディーやフレーズが出てくる。
あれは、やっぱり指が勝手に、フレーズを作っているのかな。
自分の意思とは別に、指も創作しているということであろう。
そんなことってありえるかって思うけれど、指が勝手に動く。
そしてフレーズを作ってゆく。
もう創作は、当分無理かなって思っているみんなも、
楽器を手にしてみると、フレーズがどんどん出てくるのではないかな。
つまり、自分の能力は、自分で知っていることのほかに、
未知の体の創作力があるということ。
それをうまく伝えたいと思う。
もうしばらく創作からはなれている友に。
もうひとりの創作家が自分にいるということを。
「どれどれ、、」と、訪ねてみて欲しいことを。
「あの分厚いショルダーバックの中身」14..9/3
今日、夕方すきの電車に乗ってきたビジネスマン風のおじさんは、
妙に分厚いショルダーバックを肩から下げていた。
幅は30センチ近くあったね。。驚愕・・。
信じられないけれど、本当に僕は見た。
肩掛けのベルトとバックには補強のための特別な金具がつけられてあった。
昨日今日、そのバックを持っているとは思えない。
電車が混んでくると、その幅のあるバックが、みんなにぷつかるぶつかる。
それでも、おじさんは平気の平左。
(あのバックの中身は何だろう・・?)
ずっと持ち続けるものって、、何?
僕は思った、、きっと人生が入っているんだと。
・・・・・・・・・・
・・きっと人生が入っているんだ。
いろいろと考えてみた。
そして、それは日記であろうと思えた。
B5のノート一枚の片面に、三日間書けるとして、
両面で六日間。一年360日で、60枚、
おじさんの年齢が60歳だとして、60枚×60年で、3600枚。
さて、その3600枚のノートが、幅30センチのバックに入るだろうか?
それが問題だ。
60ページの大学ノートが60冊ということだな。
ノート10冊で、約8センチ。10年が8センチで、それが6倍で、48センチ。
うーむ、きびしい。厚さ30センチのバックに入れるにはきびしい。
幼少の頃は、まだ日記を書いていないとして、40センチ。
それをぎゅうぎゅうにつめて、30センチの厚さに入る。
やっぱり、日記が入っているんだ。
ビジネスをする上でも、その日記が大切なのではないか。
二年前のこととか、すっとその日記を見て思い出すではないか。
・・・・・・・・・・・・・・
長くなりました。
おじさんのバックの中身の真実は、まあ予測なわけですが、
僕も、そんなふうに、人生のほとんどの日記帳を、持ち歩けだらいいなと思う。
いい年齢になって、友達の名前の記憶もあいまいになってきている。
どこかの公園でベンチに座り、いつかの日記を読んでみたい。
隣に置いてあるバックからすっと取り出して。
「自転車と唄」14..8/31
木造の家に住んでいた頃、
なかなか来ない人は、いつも自転車でやって来た。
「おっ、おそくなってごめんごめん」
それは無精髭のおじさんだったろうか。
世の中には、メロディーというものもあり、演奏というものもあり、
歌詞のある唄もある。
たとえば、夕焼けを見ているとき、メロディーや演奏は、
その夕焼けそのもののように、イメージ描写するであろう。
それを見ている気持ちでもいい。
そして「唄」だが、僕には、おじさんが自転車に乗ってくるような気がする。
「ごめんごめん、、おくれて・・」
「おじさん、誰??」
「えっ、おれ? おれ、、夕焼けだよ」
なんてね。
メロディーや演奏に似合った歌詞をつける場合もあるけれど、
なんだか、僕には、唄が歌詞とともに自転車に乗ってくるような気がする。
そして、しぱらくすると、また手を振って行ってしまうんだ。
「じゃ、もう行くから、、またね、、これからちょっと仕事・・」
ほんの数分、話した、その貴重な会話。
(へーっ、そうなんだぁ・・)
そんなふうにそっとそばに来て、ふたことみこと、話してくれる。
そのくらいの近さと存在がいい。
僕には、唄が自転車に乗ってくるような気がする。
「存在」14..8/29
先日、友達がNHKのテレビに出て、一曲披露したのだが、
まことにいい感じであった。
ほんの数分の演奏であったが、強烈に印象を残したであろう。
NHKというせいもあったのかもしれないけれど、テレビ向きの服装であった。
ただ楽器の方は年期の入っている感じがよく伝わってきた。
僕も、もし一曲、スタジオで歌うことがあったら、
年期がたっぷりと入ったギターを持って行きたい。
服も帽子も、汚れてはいないまでも、長く着ているもので登場したい。
歌そのものは変わらないとしても、やっぱり存在って大切だ。
テレビ的にそれが良いか悪いかはわからないが、
古く生きた、一人の弾き語りシンガーとして映りたい。
美味しい老舗の焼けたパンのように。
「空缶の活用法」14..8/26
その日はたまたま手に四角い缶を持って、
電車に乗った。ポケットにはそして文庫本。
いつものようにシートに座り、文庫本を読もうとメガネを上に上げた。
そうしないと、老眼で小さな字が見えないからだ。
顔に近付けて読んでいると、ひじの置き場に困ってしまう。
ももにひじを乗せて、本を読むには、あまりに姿勢が悪い。
ふと、思い立って、手に持っていた四角い空缶をももに乗せ、
その上にひじを置いたら、ちょうどいい具合に文庫本が読めことがわかった。
どうせ四角い空缶の置き場所にも困っていたし、一挙両得だ。
しかし、なんだか初めての人から見たら、まるで、いつも、
文庫本を読むためのひじ台として、空缶を持ち歩いている人に見えるかもね。
すごく可笑しい。
ほんとにそんな人がいたら。
でも、実際にいる、ここに。
とっても便利。毎日持ち歩こうかしら。
「みんな写真がうまくなった」14..8/23
ここ10年ほどで、かなり写真文化は変わっていた。
デジタルカメラの普及もあるが、携帯電話のカメラ機能、
最近では、それも高性能になってきている。
最初はホームページやブログが主だったが、
いまや誰でも手軽に写真をアップしている。
特にフェイスブック等にアップしている写真などは、
撮り方が、うまいなぁと感じるものが多くなった。
こうなってくると、無意識のうちに、どんどん素晴らしい写真を載せる人も出てくるかも。
フォークブームの頃、みんなが歌を作るようになって、
忘れられない名曲も出てくるようになった。
写真もきっとそうなってきているんじゃないかな。
僕らの生活はもっと豊かになるだろう。
うまく、それが身近になりますように。
「あおむけのせみ」14..8/19
この季節、あおむけの蝉をよくみる。
まだ生きてる蝉。
なんだか可愛そうになって、表にして、
飛ばしたりしてみるけれど、
そんなことをしたら、残りのエネルギーを全部使い果たしてしまうのではないかと思えた。
もしかしたら蝉は、あおむけになって、いっときでも長く生きているのではないか。
外の蝉の声と一体化して、じっと最後を待つ。
もしほんとにそうだったとしたら、、
そのままが一番なのかもしれない。
「蚊はもしかして・・」14..8/15
外仕事をしていると、夏はやっぱり多く蚊に刺される。
おとといは、両方のみみたぶを蚊にさされた。
たぶん左を最初に、次に右の耳たぶ。
今日は、左の足首をさされ、すぐさま右の足首の同じ位置をさされた。
もしかして、、これって、、同じ蚊の仕業ではないか、、??
体の左右対称に、刺してゆく。
考えてみれは、左の耳たぶを刺されて集中していたら、
右の耳たぶのことは盲点になってしまうのでないか。
蚊にしてみたら、一番安全なところをもう一か所刺そうとするのではないか。
あまりに左右対称に刺されてしまう。
それが同じ蚊であるかは、また証明できていないのだが、、。
もし牛の耳を刺したとしたら、片方の痒さに牛は気をとられて、
反対側の耳まで注意が向かない。
その間に蚊はまだちゅうちゅうと吸うのだ。
蚊は体の左右対称に刺す。
それは本当だろうか、、ちがうだろうか。
夏休みの自由研究で調べようかな。
「プリンター」14..8/11
この10年ほど使っているプリンターが、
いよいよ調子が悪くなって来た。
プリントするたびに、ギーギーと音がしてしまう。
一週間ほど前から、突然になってしまった。
そのうち直るかなと思っていたが、その気配がない。
もう限界なのかな。
そのプリンターは、もう製造中止から七年以上たって、
修理はできませんと言われている。
この10年、ほんと使わせてもらった。
どれだけDMやチラシをこれで印刷してきたことか。
当時の最高機種のプリンターで、いつも正確に印刷してくれた。
その前の二台は、普及機を買ったたのだが、
二台とも、よく印刷に失敗した。
まあ、10年がんばってくれたなら、もうOKかな。
ほんとうは、あと10年は使うつもりでいたのに。
印刷するたびに、ギーギー音がして、
それがほんと、すまなそうに聞こえる。
自分でもどうにもならないって言っているようだ。
「ジャケット」14..8/9
友達から教えてもらった、女性シンガーの音源を聞いた。
一曲目が特に良くて、何度も聞いた。
詳しく見てみたら、オリジナルを作ったシンガーがいるとわかった。
検索してみて、出てきた画像にぴっくりした。
そのアルバムは、古いアルバムであるけれど、
日本で再発されて、一度CDショップに並んでいたことがあった。
音源は聞いたことはなかったが、ジャケットから醸し出されるイメージは、
僕好みであった。
当時の友達も、これ青木さんが好きじゃないのかなぁと、言っていた。
あれから10年。たしかにそうだったのだなぁ。
ジャケットには、何かありますね。
「一瞬だけ」14..8/6
いろいろやることも多く、
ネット社会も、複雑になってきて、
なんだか自分がつかめないような気がしてくる。
ある程度は参加して、ある程度はセーブしないとなあと思ってはいる。
思ってはいるものの、さて、どうしたらいいのものか。
そんなことを思っていて、電車の中、
一瞬、未来の自分の姿のようなものが見えた。
ちょっと先の未来、自分がこうしていているだろうと、、。
それは一瞬のシーンであったけれど、
僕はそのとおりに、やってみようと思う。
一瞬だけ未来が見えた。
「30代から」14..8/3
創作に関して、自分のことを振り返ってみると、
10代20代もいろいろとがんばったけれど、
やっぱり30代からが、本格的な始まりだったと思う。
僕自身は、30代になったとき、新しいソングブックを作ろうと心一新した。
歌の友達が20代の頃、僕が、
「30代になってからが、本格的な創作の始まりだよ」と、言うと、
「そんなもんですかねー」と、答えていた。
たしかに20代に代表作と呼ばれる自分の作品を残す人もいて、
その後は満足するのか、創作のレベルダウンになるアーティストもいる。
その若い友達は、もう20代の頃に、いい作品を作っていたので、
ちょっとばかりその先が心配であった。
その友達も、30代半ばになり、僕がイメージしていたものとは、また別の意味で、
創作力が満ちてきている。
たぶん、30代からが、自分のやりたいものに力が入れられているのであろう。
結局、何も心配することはなかったな。
創作する人にとっては、黄金の30代なのかな。
40代に入ってくると、今度は自分との闘いになると思うが、
それも心配はいらないだろう。
僕はただ自分の創作を見せるだけでいい。