●甚六屋への道
 演歌がよく似合いそうな北千住の街に、'80年代はじめ「甚六屋」と言う、弾き語りのライブハウスがあった。キャパは50人位。北千住の駅を降りて、細い商店街を抜け、大通りを渡り、ビルの3階にあった店だ。
 足立区の人には失礼かもしれないが、今でさえ、北千住には、年に一度寄れるかどうかだ。なかなかに行く機会がない。それなのに、ライブハウス甚六屋があった頃は、毎週のように降りていたのだ。西日暮里乗り換えで、常磐線に乗ってゆく。なかなかに電車が来ない。やっとくれば満員だ。(ああ、きついなぁ・・)と思うけれど、友達に会える喜びの方が大きかった。
 駅を降りて、右の、地味ながらもにぎわいのある、細い商店街を行く。夜の6時ちょっと過ぎ、小さな飲み屋さんが、これから店を開けようかという時だ。ママさんの大きないい声が、聞こえてくる。窓を全開にして、掃除とかしているので、店内がよく見える。座敷と呼ばれる部屋。なんか楽しそうなスペースだ。置かれているカラオケの機械。ちょっと遅めに通るときは、もうすっかり、夜の飲み屋さん街になっていた。
 そんな夜の気分あふれる商店街を抜けると、極端なくらいのひろーい道に出て、たしか歩道橋を渡り、道向こうにゆくのだ。甚六屋まで、もうすぐだ。ビルの階段を登ってゆく。ドアがある。中に入ると、みんなが、ウッディな長椅子に座っている。「オーッ!!」出演者の大谷が手を振る。友達も来ている。一言目はいつもこうだ。
 「なんか食った? 」
 そう、ここに来るためには、会社が終わってから、すぐ電車に乗らないと間に合わないのだ。メニューには、焼きうどんとかあったなぁ・・。話をしながら待っていると、友達がまたやって来る。静かなる闘争者、永尾正人だ。「ながおさ〜ん」大谷は、すがりつくように足をなでる。照れながら永尾君は「どうもどうも」と言う。
 甚六屋では、新人DAYがあり、そこで何人かは出会ったのだ。そして定期的にライブが入り、企画もあった。知久、大谷、石川、永尾による「とりあえず出会おうよ」あかね、とっちゃん、横井、わっこ、による「僕たち普通の女の子」大谷& 石川の「たのしいコンサートはいかがですか?」他・・。
 ライブが終わってからの、打ち上げ場所が、いつもちょっだけ困った。喫茶店に行くことが多かったけれど、電車の時間を気にしての、場所選びだった。そんなある夜の事だ。たしか土曜日だったと思う。僕らは駅前通りにある、「ホンキートンク」と言うオシャレな西部劇風飲み屋にみんなで入った。ズラズラと椅子に並ぶ僕ら。場違いのような気もしたけれど、まあ、いいっかと言うことで、楽しく話していた。
 ここから先は僕の個人的な思い出だ。その店、ホンキートンクで、なんだかムーディな音楽がかかり、真ん中のスペースで、店の常連さんが、それぞれ静かに、踊り出したのだ。もちろん男女のカップルもいる。それは僕の知らない大人の世界だった。髪を後ろで束ねた、ヒゲのお兄さんが、セクシーに踊っていた。ここ北千住でも、土曜の夜があり、恋と出逢いがあるんだなって思った。('01.青木)
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