予防原則(予防的措置)とは better safe than sorry 大竹 千代子

 「予防原則(Precautionary Principle)」あるいは「予防的措置(Precautionary Approach )」という言葉は、単に、「物事を予防的に行うやり方」を一般的に指している言葉ではあ りません。現在、欧州、カナダを中心に化学物質の安全性や、環境の保護を推進するため に適用されている政策決定の一方法を意味しています。

化学物質に限って考えるなら、ヒトに重大な有害性や不可逆的な有害性を与えると判断 できる要素があり、リスクアセスメントが行われた結果、多くの不確実性を含んでいるた め、必ずしも科学的に因果関係が証明できないが、予防的に規制した方がよいと判断出来 る場合に、「予防原則にもとづいて」、規制を行う、というように用いられる言葉です。

「予防的措置(precautionary approach)」の定義は国連環境開発会議リオ宣言の原則15 に「環境を保護するため予防的措置は、各国おいて、その能力に応じて広く適用されなけ ればならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれのある場合には、完全な科学的 確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由とし て使われてはならない。」と定義されています(UNCED、1992)。

それに対し、日本の国内法に用いられている概念、未然防止(preventive principle)は、 「化学物質や開発行為と影響の関係が科学的に証明されており、リスク評価の結果、被害 を避けるために未然に規制を行う」と定義され、現在議論されている予防原則(あるいは 予防的措置)とは明確に区別されます(奥真美,1999)。

また、米国には予防原則はない、とよく言われますが、実際は「precautionary prevention(未然予防)」と呼ばれるものがあり、「予防原則」と呼ばれていません。しかし、 法律の中に「予防(precaution)」の精神は、化学物質の管理や環境保護に生かされていま す(O'Riordan,1994)。 医療や公衆衛生の分野で用いられるこの言葉は、「診断を疑ってみることの利益(better safe than sorryごめんなさいよりもっと安全を)」として、通常、患者の手に委ねられてい るのです(EEA,2002)。

この文のタイトルで、あえて「予防原則」と「予防的措置」を並べたのには理由があり ます。UNCEDの「予防的措置」のこの定義に近い考え方は、EUでは「予防原則」と呼ん でいます(EUの予防原則適用のガイドライン参照)。他の国でも「予防的措置」と呼んで いるところが多いようです。  予防原則(予防的措置)を適用するに当っては、EUや多くの国で、さまざまな条件を決 めています。EUや私たちの考え方の概要を参考にしてください。

これまで日本国内ではあまり議論されることは無く、従って、従来の法律の中に、現在海外で議論されているいわゆる「予防原則」は 取り入れられていません。唯一、2000年の第2次環境基本計画の中に、「予防的な方策」としてUNCEDの精神が明記されているのみです。

また、日本ではグリーンピース・ジャパンが予防原則の活発な活動を行っています。そのアプローチの方法は EUや欧州各国、米国と異なり、リスクアセスメントの重要性を認めていないようです。

このように、予防的措置、予防原則は、用語や定義が必ずしも統一されていませんが、 リスクアセスメントによってさえも科学的に確実な結果が導かれない問題に対し、人の健康や環境の保護に、 時間的な前倒しをして何らかの手を打という目標は同じです。
そのアプローチの方法が今いくつか提案されているのです。

引用資料
EU/EEA (2002) Late Lessons from early warning: the precautionary principle 1896-2000 
http://reports.eea.eu.int/environmental_issue_report_2001_22/en.
O'Riordan,T.,& Cameron, J.,(1994) Interpreting the Precautionary Principle, Earthscan Publications
UNCED(1992), UN Conference on Environment and Development,
http://www.un.org/geninfo/bp/enviro.html
Wingspread Statement on the Precautionary Principle(1998),
 http://www.wajones.org/wingcons.html
奥真美(1999) ジュリスト増刊号、有斐閣
グリーンピース ジャパン(2001) 予防原則を行動に移すためのハンドブック 第1版

2002.7 掲載
2005.6 修正・更新
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