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5つの「等分律」について

横田誠三 2019/05/14  (2019/06/21最終改訂)


T 「55等分律」と「6分の1調律法」

 レオポルト・モーツァルトは「ヴァイオリン奏法」(1756年)のなかで、正しい音程の取り方、絃の押さえ方について次のように記述しています。 『正しい比率によれば♭によって下げられた音は、♯によって上げられた音より、1コンマ分高くなる。』(久保田慶一・訳)  またジャン・ルソーは「ヴィオル概論」(1687年)のなかで、♯♭のフレットを指して『‥実際には、これら二つの音の間にはわずかの差があり、全音が9コンマで構成されていると主張する著述家たちの計算によれば、その差は1コンマ程度のものであるという。つまり全音を2つの半音に分けると、一方の半音は5コンマ、もう一方は4コンマで構成されることになり、前者が大半音、後者が小半音となるのである。』(関根敏子/神戸愉樹美・訳)と記述しています。 これらは以下のように要約できます。 『異名音(たとえばドの♯とレの♭)では、♯より♭のほうが全音の9分の1高い。この差を「コンマ」と呼ぶ。』 この音程の取り方を調律法として見ると、どのような仕組みになっているのでしょうか。

 ドから考えると・・・ ドとレの間を9等分すると、4刻みめがド♯、5刻みめがレ♭となります。 次にレとミの間も9等分して4刻みめがレ♯、5刻みめがミ♭です。 ミはドから数えて18刻みめになります。  ミとファは大半音ですから5刻み上で、ファはドから数えて23刻みめです。 続けて、ソは9刻み上で32番目、ラは41番目、シは50番目。 そしてオクターブ上のドは55番目になります。 つまり全体としてオクターブを55等分して、9番目9番目5番目9番目9番目9番目5番目の音で長音階が作られていると考える事ができます。 もちろん、ダブル♯やダブル♭を含めてもすべての刻みめを使うわけではありませんが、これをあえて「55等分律」と呼ぶ事ができるのです。
 さて、ここで完全五度音程を見ると、ド〜ソは32刻みでできているからその振動数比のセント値は 1200÷55×32=698.1818‥ で、この調律法における完全五度はすべて約698セントです。 これは純正702セントより4セント狭い五度です。 4セントというのはピタゴラスコンマが24セントとして、「6分の1ピタゴラスコンマ」です。 (これは偶然の一致なのですが、差はほぼ無視できる値です。) つまりレオポルト・モーツァルト、ジャン・ルソーの音程法は、6分の1ピタゴラスコンマ狭い五度を連結した「ジルバーマンの6分の1ミーントーン」と重なるのです。

 この調律法は異名同音ではありませんから12音の鍵盤ではウルフを生じます。 そこで、ナチュラル鍵はそのままにして♯鍵の領域にある6カ所の五度をすべて純正五度にしてしまうと、ウルフがみごとに解消し「ヴァロッティの6分の1調律法」そのものになるのです。 ヴァロッティの調律法をタルティーニが称賛したというのも納得できます。


U 「19等分律」と「3分の1ミーントーン」

 いささか強引な話ですが、『オクターブを19等分して、下から順に、ド、ド♯、レ♭、レ、レ♯、ミ♭、ミ、ミ♯/ファ♭、ファ、ファ♯、ソ♭、ソ、ソ♯、ラ♭、ラ、ラ♯、シ♭、シ、シ♯/ド♭、ドと名付けます。』  この強引に調律された音階を検証してみます。
 1段あたりの音程は1200セントを19で割った値ですから、1200÷19=63.157‥となります。 1段、63.2セントは小半音、2段、126.3セントは大半音です。 全音はすべて3段で189.5セントです。 ちなみに純正大全音が203.9セント、純正小全音が182.4セントですからだいぶ狭めですがまずまずというところ。 短三度は5段目で315.8セントで、純正短三度が315.6セントですから偶然にもほぼ純正です。 長三度は6段目、378.9セントで純正より7.4セントほど狭くなります。 完全五度は11段目、694.7セントで純正より7.3セント狭くなっていますが、これはシントニックコンマのほぼ3分の1にあたります。 3分の1ミーントーンは「サリナスのミーントーン」と呼ばれています。 聴感上は4分の1ミーントーンの癖をかなり大きくした感じの調律なのですが、長三度が純正ではないので整粛感はありません。 短三度、長六度が純正ですから耳で調律できます。

 ところで1オクターブに12鍵の普通の鍵盤では、たとえばミ♭〜ソ♯に巨大なウルフをもつ調律になりますが、1オクターブに19鍵の鍵盤を19等分律に調律すると五度圏サークルが、ド、ソ、レ、ラ、ミ、‥‥ド♯、ソ♯、レ♯、ラ♯の次がミ♯/ファ♭、その次がシ♯/ド♭、ソ♭、レ♭、ラ♭‥‥と滑らかにつながり、異名同音で無限に転調が可能です。
 さて、いささか強引に作った「19等分律」、いかがでしょうか。


V 「12等分律」

 いささか強引な話ですが、『オクターブを12等分して、下から順に、ド、♯、レ、♯、ミ、ファ、♯、ソ、♯、ラ、♯、シ、ドと名付けます。』  この強引に調律された音階を検証してみます。
  1段あたりの音程は1200セントを12で割った値ですから、1200÷12=100となり、半音はすべて100セント。全音はすべて2段で200セントで、純正大全音が203.9セントですからなかなかというところ。 短三度は3段目、300セントで純正短三度315.6セントよりかなり狭めで暗くなります。 長三度は4段目で400セント、純正より13.7セントほど広くニギヤカになります。 完全五度は7段目で700セント、純正と2セント差しかありません。1オクターブ12鍵の普通の鍵盤を「12等分律」で調律すると五度圏サークルが滑らかにつながり、異名同音で無限に転調が可能です。
 さて、いささか強引に作った「12等分律」、聴感上の評価はいかがでしょうか。


W 「31等分律」と「4分の1ミーントーン」

 いささか強引な話ですが、『オクターブを31等分して、下から順に、ド、レ♭♭、ド♯、レ♭、ド♯♯、レ、ミ♭♭、レ♯、ミ♭、レ♯♯、ミ、ファ♭、ミ♯、ファ、ソ♭♭、ファ♯、ソ♭、ファ♯♯、ソ、ラ♭♭、ソ♯、ラ♭、ソ♯♯、ラ、シ♭♭、ラ♯、シ♭、ラ♯♯、シ、ド♭、シ♯、ドと名付けます。』  この強引に調律された音階を検証してみます。
  1段あたりの音程は1200セントを31で割った値ですから、1200÷31=38.70‥となります。小半音が2段で77.4セント、大半音は3段で116.1セントです。 全音はすべて5段で193.5セントです。 純正大全音が203.9セント、純正小全音が182.4セントですからやや狭めです。 短三度は8段目で309.7セント。 純正短三度が315.6セントですからやや狭めです。 長三度は10段目で387.1セント、偶然ほぼ純正になります。 完全五度は18段目で696.8セントであり純正より5.2セント狭く、これはシントニックコンマのほぼ4分の1にあたります。 したがって聴感上は「アロンの4分の1ミーントーン」とほぼ同じになるはずです。 しかもすべての♯、♭、♯♯、♭♭までもがミーントーンとしてほぼ正しく調律されます。 しかも1オクターブに31鍵の鍵盤をもつチェンバロを「31等分律」に調律すると、五度圏サークルが、ラ♯♯の先でソ♭♭へと滑らかにつながり、異名同音で無限に転調が可能です。

 さて、いささか強引に作った「31等分律」のチェンバロはいかがでしょうか。 1606年にヴェネツィアのヴィト・トラズンティーノによって精巧に作られたオクターブ31鍵のチェンバロ、「クラヴェムジクム・オムニトヌム」が現存します。 この楽器には調律用のモノコードが付属していて、そこには鍵盤番号と呼応するフレットがついています。 そのフレットを博物館発行の図面(Germanisches Nationalmuseum F.Hellwig 1980)から詳細に検討したところ、フレットに広狭のパターンがあることから、残念ながら31等分律ではありえませんでした。  すべての♯、♭、ダブル♯、ダブル♭を網羅する、ソ♭♭からラ♯♯までの31音の「4分の1ミーントーン」と考えたいのですが、フレットの広狭のパターンが部分的に合致しません。 五度圏の♭♭領域(ソ♭♭〜ド♭の7音)が顕著に低めに設定されているのです。 ♭♭領域を♯♯♯(ミ♯♯〜ラ♯♯♯)として設定したと考えるとパターンはみごとに一致するのですが、その必然性はなく、真意が私にはよく判らないのです。


X 「53等分律」と「53純正調律法」

 いささか強引な話ですが、『オクターブを53等分します。』
 1段あたりの音程は1200セントを53で割った値ですから、1200÷53=22.64‥セントとなります。 完全五度は31段目で701.9セント、ほぼ純正になります。 また長三度は17段目として384.9セント、これもかなり純正に近くなります。 大全音を9段、小全音を8段として聴感上かなり純正音階に近い音階が作れるのです。 それゆえこの調律法では、楽譜上同じ音でも和音に応じてどの刻み目を使うかが変わってきます。 あえて「純正調律」に近づきたいならば55等分律よりも優れた考え方だとも言えるのです。
 また、この調律法を複雑な音程関係をわかりやすく計算して説明するために便利な理論であるとして推奨するむきもあります。 しかし元が概算値ゆえに、ピタゴラスコンマとシントニックコンマが同じになるなど、「理論」としては不完全で、結局回りくどいだけだとも思えるのです。

 一方「53純正調律法」は純正長三度と純正完全五度をもとにオクターブに53音を設定し、その中から選択して純正な和音を得ようというものです。 理論は複雑で精妙ですが、最終的には鍵盤の設計とその演奏実技が問題になります。
 現代においては、普通の鍵盤上で和音の構成に応じて即座に純正音程を奏でる電子楽器が製作可能でしょう。 しかし複雑な和音では数比関係が一律に決められないこともあるなど、その設計には多くの判断しなければならない音楽的に本質的な問題があるのです。


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