1983年6月23日 朝日新聞 論壇


 水産業界団体・大日本水産会専門調査委員の投稿。違法操業がまかり通っている事実を告発・批判するもの。


北洋違反操業は自殺行為 200カイリ時代自覚し秩序確立図れ

渡瀬節雄 (技術士・水産コンサルタント、元大日本水産会専門調査員―投稿)


 北海道近海いたるところで漁獲されたサケ、マス、カニはもとより、メヌケ、キチジ、オヒョウ、エビなどが乱獲でいなくなり、必然的に他国の沿岸近海へ行かざるを得なくなった漁業ーそれは北洋だけではない。
 以西底引き漁業も、アフリカのタイやイカ、タコも、そして南氷洋の捕鯨も、次から次にと的を変えて資源をさらっていったのが、旧来の日本漁業発展のパターンであった。このため二〇〇カイリ時代の到来を招き、遠洋漁業は後退せざるを得なくなった。
 漁業は、国民のし好性が高い魚種に向けて資本を投下し、利潤を迫求している。利潤が得られないものや少ないものは、漁業の経済性から漁獲しても海中に投棄されるし、そこに漁獲割り当てや取り締まりが強化されれば、いかにして隠し魚の量を多くするかに努力が傾注される。
 「隠された水揚げ量」つまり日ソのサケ・マスや日米のスケトウダラでは、政府間の取り決めによる漁獲量以上に漁獲しており、それは膨大な数量に上っている。相手国側もそれを探知しているから、今回の北洋違反操業にみられるごとく、空からの取り締まり強化やオブザーバーの日本漁船への乗船、入漁料や協力費の値上げをしてくる。
 漁業者側は自ら首を絞める行為とはいえ、背に腹はかえられず、違反操業の方法は年々巧妙になり、それがおとり漁船となって表れてきたのである。
 水産庁は全く知らぬと言っているが、これは表向きであって、少なくとも現場の監督官は、知っていて知らぬふりをしているはずだ。そこには業者との間で長年のうちに癒着が生じ、暗黙のうちに違反操業が実施されているのである。漁獲量はもとより、漁獲位置から漁獲月日にいたるまで、記録は常に違反事実のないように書き換えられ、それが毎年の両国問の交渉の場に提出されている。それはサケ・マスに限らず、漁獲割当制の全魚種に及んでいる。
 筆者はかつて捕鯨全盛時代に、キャッチャーボート船長などとして、その現場の第一線にいた。ある時、取り締まりの厳しい水産庁の監督官に対して、家を建てて贈ることまでして、味方に引き込んだことがあったと聞いた。学校を出たばかりの若い監督官が、役所と業者の間に挟まり、忠ならんと欲すれば孝ならずと悩み、ついに首をつり自殺をしたことさえあった。
 半は公然と隠し魚が行われ、会社も船主も、船団長や船頭にノルマと称される丸秘漁獲をさせ、その腕の良い船団長や船頭は出世し、多額の歩合金をもらっていたのである。従って今回の違反操業の摘発は、過去の歴史からみれば氷山の一角に過ぎず、かのロッキード事件と大同小異ではないかとさえ思われる。
 この際、もう一度二〇〇カイリ時代の真意を反省し、今なお残存するもろもろの膿(うみ)をずべて出して、清掃し、正しい漁業秩序を確立して、漁業資源の保護育成を図ることが、次の世代への務めであるはずだ。
 数年前、筆者が教えていた某大学の学期末試験に、二〇〇カイリ時代到来の意義と題する論文を課したことがあった。その中に「二〇〇カイリ時代とは捨てる魚を無くし、利用することである」という一文があった。正にその通りで、これからは資源の有効利用・活用こそが重要である。
 世界の最先端技術をもつ日本が、自立可能、増殖可能な資源の保護と活用に技術と力を向けることが、国民と世界人類のために、望まれるところである。まして一部の利益や利潤追求のために、隠し魚や違反操業を行うことは、厳に慎まねばならない論外の問題である。


出典:朝日新聞縮刷版

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