掲載の『照泉の詩』の他での掲載、配布に付きましては、
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本作品の『夢』は全日本新聞社発行の「全日本美術」紙に掲載されています。

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『照 泉』 の詩
この号を持ちまして全日本美術新聞への掲載は終了します。
ご愛読ありがとうございました。      照泉


12月紹介作品    

サワサワと薄の揺れる道を沢山の赤い帽子が動く
この先の小さな森へ一年生の遠足だ
何かを感じて動くのか 高いトーンの声が飛交う

松毬や団栗を拾い集めたことありますか?
海の音を預かった貝殻を見つけに砂浜を歩きました?
雪化粧の富士山を見上げたり 満開の桜に声を掛けたり

これ 小さな夢の種なのです

劇場やコンサートに足を運びましたか?
誘われた天覧会に行って来ましたか?
夥しい本の中から一冊の本に出逢いましたか?

これ 種を育てる肥やしです

喜怒哀楽の鍬で耕した大地に種を埋め
嬉し涙 悔し涙 哀しい涙の水を撒き
夢の木に花が咲き 実るまで時を待つのです

夢の木が枯れそうになったら?

アスファルトの隙間に天を向いて咲くタンポポや
仔猫を引連れて生きる野良の光る眼に鋭気を養い
韃靼海峡を渡ると言う蝶の健気な命を思います

夢が見付からないと呟く人に呪文を教えます

『故心無?礙』『こだわるな』こだわるな
『般若心経』の中の言葉です
くよくよせづに見渡せば夢はすぐにも捜せます

森の中から子供達の大きな声が届いて来た
『はじめのいっぽっ』皆で遊んでいるらしい
声を出してみた『始の一歩』胸の奥からじわが来た

あー二十一世紀 世界中の人々が『始の一歩』をするのです
11月紹介作品   夢

名残りのコスモスが蜜かに風を呼んだらしい
ひと回り小さくなった一群れの花が
薄くなった光に向って別れのワルツを踊っている

路地の片隅に時を止めた花に出逢うと
そっと人生を重ねて見つめてしまう
執着の春 勢いばかりの夏 いじらしい秋待つ冬

生き急いだり遅れたり
絡み合う季節とたたらを踏む道
私の中のあなたが笑う 泣く 戸惑う

夜明けの日の出が合図の音もなく昇る
花はただ黙って開く そして香る
『愛されている』そのことを信じて幼気な者は生きる

男は男の夢を見る 女は女の夢を見る
擦違うその夢の時間軸がずれるとき
顔を上げた眼に写るメタファーな人と風景と思い出

夢を持ちながら休みなく遠い所から歩いて来た
トンネルの向こうの仄かな明りを道標に只前進した
糸のような月が満ちるまでどうやら休みが必要だ

老猫が丸くなって眠り込む猫の夢は・・・・・? ?
10月紹介作品     夢

遠雷の稲妻が夜の闇に両手を広げた
間を置いて唸るように雷鳴が聞こえる

天上にはまだ雲に浸されぬ細い月が居て
今宵の不思議な舞台にひとり見入っていた

やがて雲が月を隠すのだろうか
それとも遠雷のまま稲妻は消えるのか

ターナーの絵の叢雲が移ろい行く空に思いを寄せて
頬杖をつきながら又幻想遊びを始めている

いつも 姿の良い父の背広越しに低い視点で見上げる
銀座和光の時計塔の文字盤はいつも止まっていたのか?
肺を病む寡黙な父と珈琲がこの街に似合っていた

少し傾いた屋根が寄りそうかくれ里の寺で
長い時を微笑み続ける煤けた仏の腕の中で眠れたら
祖母の言葉と夕焼けと梵鐘の余韻が今も残る

胡座の祖父が魯山人で酒を酌む 酒を酌む
「人生一幕芝居」が口癖の役者だった
人生の主役で生きたと感じたいね よく通る声だった

皆 天空に昇ってしまった
だから夢想の中で会う

遠雷が終わったのにいつの間にか雨になっていた
外燈に透ける縞模様は紬のような利久鼠

気を捕れた夜空に懐しい顔が霞んで消えた
そして秋の夜風が夢から連れ戻す時

名残の雷鳴の唸の中から低く 後向きで
能の時雨西行が聞こえて来た  
 
9月紹介作品   
風に乗って遠く近く太鼓の音が流れて来た
その音に包まれて眼を瞑れば
遥か遠い所からゆっくりと私の祭りが蘇った

それはひと匙の粗目が真っ白な綿飴に変るように始まる
絶え間なく続く玉砂利を踏む足音が聞こえて
氏神様の境内が夥しい数の祭提灯の中に浮び上がる

明朝出番の大御輿が男衆に守られて光り輝く
葦簾囲いの板舞台の上で
お囃子に合わせて阿亀火男が神楽を舞う

私は浴衣で早く早くと誰かの手を引いて
カーバイトの匂いと灯りの揺れる縁日へと走る
カルメ焼きの古い色の向うに薄荷パイプの彩りが誘う

ヨーヨーを打つ音 金魚すくいで濡らした袂
色ガラスのような鼈甲飴
焼きもろこしの醤油の香り

見世物小屋と附録屋は押すな押すなの人だかり
お面屋の棚をちょっと冷かし 啖呵売の口上を真似る
『世にも珍しい青い雛』を買って祖母に叱られたっけ

遠花火の音がけだるく響く
見上げれば屋根のシルエットの向こうに半円で消えた
サイレントになった映像がセピア色に霞んでゆく

今宵知らない街の祭りに行ってみよう
その人込の中にたった一人で立ち尽す私に向って
初々しい自分がそっと振り返る

夢の中の夢のように少しスローモーションで
8月紹介作品 夢  『真夏の夜に』

私が落とした夢を黒い猫が拾って食べてしまった
猫は真っ赤な口紅をつけると
くるりと一回りどこかに走って行った
走りながら猫は歌った

『愛に生きていますなんて一匙のアイスクリーム
修羅と火宅のその中で甘い言葉は一吹きの霧
その絶望は安らぎのない永遠の眠り』と

地図にも載っていない遠くの島まで行ったのか?
『返して』私の夢を返して
宿命とは決められた道
運命とは切り開ける道

それなら宿命をリュックに詰めて
カメラも持って旅に出よう
忘れた夢をカメラは小気味よいシャッター音で
次々に飲み込んでゆくそれを反芻すればいい

今なら間に合う
真っ赤な口紅をつけたあの猫を捜しに行こう
不安の夜を怯えたこの身体に
明日が光で合図を送る

『更に生きる』そっと寄りそわせた文字が
甦る・よみがえると言った 声を出して私は笑った
さあ出発だ
『だれか黒い猫を知りませんか?』
 7月紹介作品    
                        
少し湿った風が窓の向こうの森を動かしている
もうすぐ雨が来るらしい           
老猫の欠伸が移って薔薇が小さく揺れた                  
この室に東の風が来る怒りを連れて    
西の風も賑やかに音を立てる  
南からときめく風も届き 北の風がしばし休む
                    
時に風が激しく渦巻き   
横殴りの雨が身体を打つ              
ひとつの夢を形にするための儀式なのか
                    
暫し眼をやったフジタの絵の秋田の森も    
遠い日風に揺れ雨の中に育った    
時を止めて今青い空に白い雲が浮かぶ        
                    
海を超えてフランスに生きたフジタ
時代の中で苦い夢も見ただろう
亜麻色の髪の美女の面差しは確かに日本

この頃の口癖は「レットイット ビー」
「あるがままに生きよう」
この人生を夢にしないと決めたから

 6月紹介作品   

私の回りが強い花の香りでいっぱいになった
冷たい水をたっぷり飲んで
二輪のヒヤシンスが深呼吸を始めたのだ

室の中は繰り返しCDが
ヴィヴァルディの「四季」を演奏している
ト短調「夏」が少々耳障りになりだした

昨日までの私を止めたのは
ただ「変わる」という単純なことなのに
いつの間に別の私が人々の中を動き出す

人生振り返って見れば何一つ偶然ではなかった
それなら必然を信じて
新しい道を勇気を持って進んで行こう

一番暗いと言う夜明け前の闇をぬけたら
きっと朝日の昇る新しい海を見つけることが出来る
後悔すると臆病という鎖が足を竦ませる

さあ 夢に向かって焦点を合わそう
シャッターチャンスは「決心」という一回
やがて感光紙の中に夢が浮かび上がる時

孤独はあの孤独でなくなり
貧しさもその貧しさでなくなり
筋金入りの弱虫も胸を張って歩き出す
          夢

花色の絵の具をたっぷりと含ませた刷毛で
日本列島を南から北へ撫でるように桜が流れて行く
時々句読点のように時代を生きた一本桜が光る
花吹雪の絢爛に束の間都会の人々を酔わせ
ラストゴールの拍手のように
彩る花々の待つ北の国に桜が咲く頃

ひと足早く桜の下に立った人々は
その花明かりが頬から消えぬ内
一斉に田作りに動き出す
瑞穂の国のスタートだ
水を張った田に早苗が整然と並び
優しい若緑がさざ波のように初夏の風に揺れる

この風景を眼にする時心の奥から
美しいこの国に生まれた幸福を感じる
そして花舞台の幕が下りると一気に
木々の若芽が天に天に向かい青葉が薫る
花も木も皆生きているあなたも私も生きている
ああこの大地に神仏が微笑むただうれしい
五月の陽の中私はひとりの仏を想う
その仏迦楼羅は美しい迦楼羅の立像と共に有り
怪異な面は憤慨の表情でなぜ哀しい
仏法守護の役を載いた迦楼羅は
決して眼を瞑らぬという
春の麗のひと時を仏よ眠れとは不遜だろうか

仏の夢はうたかたか 花爛漫の夢のまた夢
        夢

ある日いきなり人生という舞台に引っぱり出され
かけがえのないこの世での
一回きりの存在を演じ始めてしまった

夢の中で見た夢に呪文をかけて
小心な凡才は時として向こう見ずの天才になり
一度もリハーサルのないその舞台で

大胆な冒険に出るか それとも
大木の陰でじっと時を待つか
その日の歴にまかせて右往左往

夢を追ったり失くしたり
夢から醒めたり破れたり

捉えどころのないそのうねりの中に
揺らぎながら生きている
どこまでが本当でどこからが嘘か

眼の中を
桜が散り雨が降り
風も流れて雪が積もってゆく

振り向くと人生は夢のように終宵 
そして呟く
「昨日は今日の思い出 明日は今日の夢の続き」


          丘の上の無言館
       

夢も希望も薄くなって
生きている不自由を感じた時
行ってほしい美術館があります

信州上田の東前山の丘の上の「無言館」です
戦没画学生慰霊美術館と書かれています。
先の太平洋戦争で志半ばで死んでいった
三十余名三百点の遺作、遺品の展示です

扉の中はあのどこにもある展覧会の華ぎはありません
変色したキャンバスに辛うじて絵の具の止まる
純情で真撃な絵が静かに私を見ます
そう・・・・絵から見られているのです

どの絵も凛として品があり憾みまがしさが無いのです
悲哀や憐憫、鎮魂まして犠牲者なんて言葉はいりませんもっと温かくて優しくて人間愛に溢れているのです
今まで出逢ったどんな言葉でも語れない絵、絵、絵
だから室内は私語の無い無言館なのです

若者は赤紙一枚で兵になりこの国のために死んでいった
その事実が時を越えて蘇るのです
「生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから」
こんなにも生命を愛した人達がいた

今、当たり前にある平和と安らぎ魂のリレー
心の奥深い所にある感情が身体を走り出します
館を出て深呼吸をしたら ふと

戦場で束の間画学生の見た夢は
愛する人だろうか霏々と雪降る故里か
それとも桜、満開の桜
静かに涙が溢れたのです

長野県上田市にある『無言館』
太平洋戦争で心半ばにして戦死された画学生の作品を集められた展示されている美術館です。
                
ミレニアムと言う言葉の雨を浴びながら
振り向いて見ると
バブルの染みを着けた沢山の人や物が
闇夜の中で祭をしていた
スイッチひとつで幾千万と光を放つ
イルミネーションの灯りが
すぐ近くの原子力発電所から来る事など夢にも思わず
夢のようなイミテーションの世界を夢遊している

私達は平成と言う時代を跨いだ大人
戦争や災害で幾度の悲しい落日を見て来た
それから
逆らえぬまま数字とカタカナで溢れた重たい頭で走り
単純をやめて複雑を好み 小さい事を笑った
いつの間に 渇いた心に罅が入り身体ごと壊される
ただ生き残り長生きするために此処にいるのか

アーと 深い宇宙の紺青の天を仰ぎ
繰り返し波を生む母なる海に逢いに行こう
ただ黙ってそこに咲く野の花や風を心にきざみ
同じ時を生きるけなげな生き物に温かい想いを送れば
今 この街でこの国でこの地球で生まれた
生命の不思議が見えて来る

さあ 錆びついた自転車に夢をいっぱい載せて
もう一度ゆっくり走り出そう

     画家と太陽    

絵の具と筆とキャンバスを
手にすると
透明な自由が広がる

この地上より
心は宇宙に飛び
太陽さえこの手の中より生まれる

母の顔と
お伽話を胸に歩み続ける
その背中を
太陽が見ていた

           愛(ラブ)        

死にかけている私に
大声を掛けて
あなたが言った

「愛されたことがありますか?」

不意に
悲しみが近くに来たので
心の遠くから流れてきた涙を
振り払うことができなかった

「アイラブユー」を百回聞いて
私は眼を開けた
次に
千回の「アイラブユー」を聞いて
私は歩き出した

少しの間死を忘れよう
本当のラブを捜しに長い旅にでよう

太陽の昼を歩いて
星と月の夜にはあなたを想おう
明日は又来る
   

 
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