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サンタンデール:幻想のビーチは、幻・・・?

Santander

 

 

RENFE
当初コバーチョス・ビーチへ向かおうとした道から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サンタンデール市街
手前はスペイン最大のメガバンク・サンタンデール銀行本店

牛達が草を食むなだらかな草原の丘の向こうはもうすぐ海。幅2メートルほどの一本道をあと少し進めば目的のビーチが待っているはず。しかし先ほどからまた降り出した細かい雨がここでは海風にあおられて横から吹きつけ、傘を差しているのも役立たずに私の体や荷物を湿らせていきます。その不快さにいったん足を止めると、早足に歩いていた時には少し汗ばむほどだったのがこんどは少し肌寒ささえ感じます。ふと後ろを振り返ってみるとこれまで全く人影のなかった一本道をこちらへ向かって一人の男性が歩いて来ます。その服装から察するに丘の下のリゾートタウンに避暑で滞在している住民が日課のウォーキングをしている、といった様子でしたので、近づいて来るのを待って挨拶がてらに念のため「コバーチョス・ビーチへ行くのはこの道ですよね?」と確認してみました。すると「たしかにこの道からも行けるけど・・・この天気じゃ危険だからやめた方がいい。もう一度集落の方へ引き返して突き当たった通りを右に曲がり、その先で「コバーチョスビーチ」と表示の出ている角を右に行けばビーチに出られる」との返答。せっかく雨の中をここまできたのに・・・でも彼の断定的な口調を前にしては素直にそれに従った方がよさそうです。のんびりとした顔つきでこちらを見ている牛達を横目に仕方なく来た道を戻り、教えてもらったルートを急ぐことにしました。

そもそも1時間前にカンタブリア州の州都サンタンデールに着いたときから空には雲がたれこめ雨が降ったりやんだり、ビーチはあきらめろというような空模様。もともと時間の余裕があまりなく、近郊ののNaturistビーチのどこか1つだけを訪れてみようと考えていたのですが、この天気では第1候補だったサンタンデール湾対岸の町ソモにあるエルプンタルのビーチへ行くのはまず問題外、なぜなら対岸へは連絡船で渡らなければならず、その上このビーチは砂州がただただ続いているだけといった感じなので雨を遮るものや晴れていれば対岸に美しく見えるはずのサンタンデール市街の風景などは全く期待できず、雨に濡れる不快さだけが待っていることはほぼ確実です。ならば第2候補のコバーチョスビーチなら? たとえ泳ぐことはおろか服を脱ごことさえできなくても、少なくとも「Playas con encanto(魅惑のビーチ)」という本(マドリード、2005年第2版刊)の写真と記述で私が魅了された幻想的な風景を間近に見ることはできるのでは、おまけにこの天気ですからたぶん人けもなく霧に霞んでいっそうのファンタジックさを味わえるのでは、と考えつきました。市中心部のバスターミナルの案内所で訊いてみたら路線バスで20分、そこから徒歩で到達可能とのこと。急いでバス乗車口へと向かいました。

スペインの北部沿岸地域の中央東寄りに位置するカンタブリア州は、スペインの各地域の中でもわれわれ日本人にとっていちばんなじみの薄いところかもしれません。面積が小さいうえに独立の州となったのも1982年と歴史が新しく、強いて名の知られている所を挙げればアルタミラ洞窟と州都サンタンデールくらいでしょうか。サンタンデールは小さな半島の先端に位置する人口20万人弱の港町・商都で歴史的な名所といったものはあまりありませんがモダンな都会的避暑地として人気のある都市です。イギリスのポーツマスとフェリーでダイレクトに結ばれていることがスペイン人にとっては「異国情緒」を醸し出しているようで、また近場にいくつものNaturistビーチを生み出す要因の一つになったのかもしれません

 

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コバーチョス・ビーチ入口付近から

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コバーチョス・ビーチ
左側の三日月形ビーチ

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コバーチョス・ビーチ
恐怖(?)の途切れ階段

教えられた道を傘を差しながら歩いて行くと右側にコバーチョスビーチを指し示した表示板がありました。そこを曲がって舗装道をなだらかに下って行くとやがて左手奥に海が現れ、役所が立てた公式の看板を見てほっと一息つくことができました。私が愛する「自然海岸」にはこのような立派な看板が立っていることの方が珍しいのですが、今日のような悪天候の中で不確かな道を行きつ戻りつしたあとに出会うと安心感を与えてくれるものです。看板から先は両側が小山に挟まれた土の小道、すぐに海がひろがり、正面に岩山でできた小島が浮かぶのが目に入ってきました。最後は階段状に固められたセメントの道を足を滑らさないよう気をつけながら下るといよいよ砂浜へ・・・、と思ったら、その先の柵の向こうは崖になっており真下に見える岩まじりの細い砂浜へは簡単に到達できそうにありません。しかしそのことより、私は周りの風景にしばらく目を奪われてしまいました。右手には雨に濡れた漆黒の岩場とその上にそびえる岩壁、その背後から正面右手の小島に向かって薄茶色の砂州がツゥーッと細く伸びてつながっています。正面の眼下には透き通った波が静かに音をたてて寄せては引き、左手側には上方の真っ平らな草地を切り取った垂直な岩壁とその下にきれいな三日月形をした砂浜が見えます。

 雨はいつのまにか上がり海上の空は少し明るさが増してきました。これは幸い、何としてもあの砂州の上を歩いてみたい、左手の砂浜にも行ってみたい、と少し右手へ行ったところの岩場から下に向けて取り付けられているセメントの階段へと向かいました。ところがこの階段は12段ほど降りたところで突然途切れ、その下は1メートルほどの高さで岩が垂直に崖状になっています。ビーチへ降りるにはここから飛び降りるしかないようです。それ自体は不可能ではないと思えますが下には岩があり、苔が貼り付いて雨に光っています。着地時にすべって足をくじきかねない上、戻る際には手足をかけてここをよじ登らなくてはなりませんが、濡れてすべりやすくなった岩はかなり危険そうです。さらに問題なのはもし無事に降り立てても左手の三日月ビーチへこそ細い砂浜を伝ってたどり着けそうなものの、右手の砂州へは途中の岩壁に波が打ちつけているのでこちらからは絶対に到達不可能です。しかし先ほどから砂州の上を一人の男性が歩いているのが見えますし、目をこらすと小島の岩壁にもぽつんと一人釣りをしているような人影があります。どこかに別のルートがあるに違いない、と階段を引き返し、上の岩場を先に進んでみることにしました。黒く濡れた岩がごろごろと積み重なっている上を両手も使いながらなんとか7〜8メートルほどは行けたのですが、岩どうしの間の隙間がだんだんと広く深くなってきた上、この先に覆いかぶさるようになっている上方の崖から滲み込んだ雨水がまるで破れた雨樋のように音を立てて落ちていて、その下を通過しなくてはなりません。どうしようもなく立ちつくしてしまいました。日本でならたぶん無理をしてでも先へ進んでみるのでしょうが、ここは異国、もし滑って怪我をしても勝手知った病院はありませんし、万一動けないような大事になってもこの天候の中何時間も誰も見つけてくれそうにありません。本の中の写真を思い返してみると砂浜はもっと広くつながっていて島へ渡る砂州もずっと幅があったはずでした。運悪いのは天候だけでなく、ちょうど満潮に近い時間帯に当たってしまったのだと思われます。
 

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コバーチョス・ビーチ
 

 

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コバーチョス・ビーチ
山道から

costaあきらめて少し足場のいい所まで引き返し、なかば放心状態で海を見つめ続けているしかありませんでした。放心の原因の一つは道半ばで撤退せざるをえなかった虚脱感ですが、より圧倒的なのはこの風景に魅惑された恍惚感です。海の向こうに浮かぶ島、こちら岸からそこへとつながる細い道。これは単に今私を個人的に魅了しているだけの美しさなのではなくて何かもっと普遍的な、人間の魂を揺さぶるものなのではないでしょうか。そういえば前述の本の中ではこのビーチの風景が旧約聖書のモーセが海を渡る際に道が開けるシーンに例えられていました。フランスのモン・サン・ミシェルや日本の江ノ島、天橋立・・・人をなぜか惹きつける人気の観光地ですが、いずれの風景も同じような構成要素から成り立っていると言えなくもありません。この眼前の切り立つ岩の島は彼岸、約束の地、天国、浄土、あるいは・・・。さらには映画「千と千尋の神隠し」の中で最も印象的だったシーン、海の中を電車が進んで行く場面も思い浮かんできます。

 時間を忘れてここに立ちつくしていた、と言いたいところなのですが濡れた岩場の上は決して居心地のいいものではなく、腰を下ろす場所もありません。それにビーチ入口のところで右手に細い山道が分かれていたことも思い出して気になってきました。たぶんそこを登れば今私のいる背後の崖の上に達し、最初の、あの通りがかりの男性のアドバイスに従って断念した道に出るのではないか、そしてもしかしたらその途中で砂州へ降りるルートが見つかるかもしれないと期待して、早々に出発することにしました。山道を登ると予想通りビーチ背後の断崖の上へと進み、左側にはやや上からの視点で小島と砂州が見下ろせます。粘土質の土が雨のせいで泥状になっている小道を歩むにつれズボンの裾がどんどん汚れていくのが気にはなりますが、登り道なので足を踏みしめることができ滑って転ぶ恐れが少ないのは幸いです。もしこの道を反対から来て下っていたらまず間違いなく全身泥まみれになっていたことでしょう。「この天気じゃやめた方がいい」と言ってくれた男性のアドバイスに今さらながら感謝です。
 

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コバーチョス・ビーチ
山道から

 

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コバーチョス・ビーチ
映画「雲の色」にも画面を斜めに切ったような海辺の草地がよく出てきます
 

costa1進むにつれ左手の小島とビーチは刻々と角度を変え、高度を増すにつれ遠方の岩礁が、また右手には遠く霞んだ山並みも目に入ってパノラマ風景が広がってきます。小島の真正面に来たあたりで休憩がてらに足を止めてみました。真下には夢の架け橋のように島へとつながる砂州、その両側にお互い呼応し合うように向かい合って波が打ち寄せる様にしばしの間うっとりと心を奪われます。砂州へ降りる道が見つからないかとさらに歩みを進めてみましたがどこまで行っても左の海側は足がすくむような絶壁が続き、それらしきルートは全く見あたりません。先ほど砂州と小島に見えた人たちはどうやら陸側からではなく船で渡ったものだと思われます。結局到達は不可能だと観念した頃、草を食む牛達とともに最初に来ようとしていた道が見えてきました。

 海を背にバス停への道を戻りながら、また機会をあらため晴天で潮が引いている時を選んでこの美しいビーチをぜひ再訪してみたいという思いが強くなってきました。一方で、今日の幻想的な風景を心の中でずっと幻のままとどめておくのもいいのではないか、という気持ちが芽ばえてくるのも感じながら。

(09年夏 訪)

 

cine映画に見るカンタブリア

「EL COLOR DE LAS NUBES(雲の色)」
 サンタンデール出身のベテラン監督マリオ・カムスの1997年作品。カンタブリアの小さな町を舞台に古い屋敷を守る老婦人、彼女を密かに愛していて危機から救おうとする大工の老人、両親にネグレクトされているマドリードの少年、ボスニア紛争で孤児となった少年等それぞれに孤独をかかえた者達が偶然からつながりを持ち、それに麻薬密輸事件が絡んで・・・。ストーリー展開にちょっと出来過ぎの感はあるもののカンタブリア海岸のシーンがふんだんで、なだらかな草地の丘が海に面して急に切り立った崖となって落ち込むこの地方特有の地形が非常に美しく撮られていて印象的です。

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Viaje por las Playas Naturistas

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