お祝いの電話by呉エイジ師匠






僕はその晩、大好きな缶コーヒーを片手に刑法各論の教科書を読んでいた。

個別刑法の適用とその適用範囲を学んでいたのである。

刑法というのは唯一現実的かつ合法的に人権を制限しうるものであり、その適用に関しては厳格にならざるを得ないシロモノで、司法試験の要の部分でもある。

「う〜ん、なるほど、ここの部分にはこういうふうに説が対立してるんだな・・・」

そのときであった。

ピピピピピ、ピピピピピ・・・

携帯電話が鳴った。

液晶の画面には「呉“ミカン野郎”エイジ師匠」と出ていた。

一瞬、居留守を使おうかとも思ったが、師匠の電話は過去に5〜6回居留守を使ってしまっていた。

きっと今回居留守を使えばアミーゴ破門ということにもなりかねない。

「もしもし」

「しもしも」

「もしもし?」

「しもしも?」

切ってもいいですか?

「非通知設定じゃないから師匠だっていうことはわかってるんですってば」

「あ、そうかそうか。そういえば久しぶりだね。先々週一緒にブルンディのブジュンブラでドライブしたきりじゃないか。イギリスが途中でキン肉マン消しゴムが欲しいって駄々こねて大変だったよ、ガハハハハ」

それ、どこですか?

しかもキン肉マン消しゴム要らないし。

「あ、そうかそうか。いや、今日はイギリスが20万アクセスいったからね、一言お祝い言っておこうかと思ってね。それに最新の『おとなのための童話集』、あれはチョベリグだ」

今年、西暦は2000年を数える。

テクノロジーは進化し、今や宇宙旅行すらも現実的な話題となっているくらいだ。

10年前にはポケットベルすらも持っている人は少なかったのに、今では一人1台の携帯電話の時代である。

そして新たに迎える21世紀にはそういった時代の流れはますます加速していくに違いない。

あなたはいつの時代の言葉を使っていらっしゃるのですか?

「あ、ありがとうございます」

「今度ミカンの缶詰1缶、あげるからね」

僕はここで100円のヤツですか? と訊きそうになったが、ある意味、訊く必要のない質問であった。

「それはそうと、イギリス紳士改め森辰之進、略してヤマちゃん訊きたいことがあるんだけど」

どこをどう略してヤマちゃんになるのかわかりません。

「はあ」

「前回の電話のとき、ホラ、ナイトビジネスの面々がミルキー戦隊にライバル心むき出しにしてたじゃない。で、本当にこれからバトルするの?」

「はあ、アレですか。う〜ん、どうですかねえ。

ちゃんは『JDさんよりアタシのほうが悲惨な恋愛状況よ』って思ってるし、ダイスケ君もごろう君よりも貧乏度では上だと思ってるみたいです。

すいこみ君はよく理由はわからないですけど雪だるまさんに思いっきりライバル心持ってるみたいだし・・・」

「で、ヤマちゃんとワラビ君は?」

だからヤマちゃんって誰?

「乳論争、ですかね?」

「ワシも混ぜてくれ。ワシも乳に関しては一言あるのだ」

「そしたら思いっきりウチに不利じゃないですか」

「ワシは乳が好きだ。しかも大きいのが好きなのだ」

「はあ」

「先週も爆乳画像がウチに送られてきてな、そりゃもう・・・」

「はあ」

「最近では川村ひかるがオススメなのだ」

プチ。

すみません、師匠。お電話、切ってしまいました。

この右手が、この右手がいけないのです。

僕は、ひとつ大きなため息をつくと再び刑法各論の教科書に目を向けた。

あ、携帯電話の電源、切っておいたほうがいいかもしれない。

プチ。

6月だというのに暑い夜のできごとであった。




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