その日、僕は一人デスクで沈鬱な表情で手紙を書いていた。 宛て先は呉エイジ師匠。 封筒の表には「辞職願」と書かれている。
プルルル、プルルル、プルルル・・・ そこまで書いたとき、デスクの上の電話が鳴った。 ナンバーディスプレイには「呉エイジ」とだけ出ていた。 イギリス「はい、もしもし」 呉「モシモシ、あたしリカちゃんよ」 プチ。 数年前、NTTはナンバーディスプレイサービスというものを始めた。 これはかつて電話というものが存在してからこれまで電話というのは一つの大きな問題をはらんでいたことに対処するためだった。 すなわち、従来の電話では誰からかかってきたものなのかわからないという大きな欠点があったのだ。 イタズラ電話が誰からかわかるようになっている。 プルルル、プルルル、プルルル・・・ イギリス「はい、もしもし」 呉「ああ、すぐに切っちゃダメだよ、続きがあるんだから。えっと、パパは音楽・・・」 僕は受話器を熊の置物に与えて、手紙の続きを書いた。 「そして・・・、」 ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ・・・ 鳴っている携帯電話のディスプレイには社長の名前があった。 イギリス「ハイ、もしもし」 呉「まさか電話を熊の置物に聞かせたりとかはしてないだろうね?」 ニュ、ニュータイプなのですか? イギリス「い、いえそのようなことは・・・」 呉「忙しいのかね?」 イギリス「いえ、ちょっと手紙を書いていたのですが・・・」 呉「毛ガニ?絵?」 イギリス「手紙です。テ・ガ・ミ。・・・っていうか普通毛ガニ描かないだろ」 呉「テ・ア・ミ?」 イギリス「セーターもマフラーも編んでません(困惑)。手紙です。テ・ガ・ミ」 呉「ああ、なるほど。黒ヤギさんに手紙か。」 喰われちまうじゃねえか。 イギリス「・・・ハイ、まあ似たようなモンです」 呉「ところで一つキミにお願いがあるのだが。お願いというよりもこれは会社からの命令だな」 イギリス「ハイ?一体どのような?」 呉「イスカンダルへ出張に行ってほしいのだ。」 イギリス「ハイ?」 呉「デスラー総統にファンデーションを売って来てくれ」 もともと青い皮膚だと思うんですが・・・? イギリス「はあ・・・」 呉「それとも胃薬のほうがいいかな。真っ青な顔してるし」 そういう問題じゃないと思う。 イギリス「いえ、そういうことじゃ・・・。あの、僕、辞めたいんです」 呉「なに?やめる?何をだ?お、おまえまさか・・・気持ちよくなるクスリとかしてたのか?」 イギリス「元々してないです。クスリじゃなくて会社辞めるって決めたんです」 呉「いつからだ?」 イギリス「もう何ヶ月も前からです」 呉「もう何ヶ月もの間、ずっとキン肉バスターをキメっぱなしだったのか?フナの世話はどうした?」 キメてねえ。 っていうかフナ飼ってないし。 イギリス「いえ、キン肉バスターなんて一言も言ってません。辞職です」 呉「あれはいいねえ。頑丈だし、見かけがワイルドなのがいい。ワシも一個欲しい」 イギリス「Gショックじゃないです。ジショクです。ジ・ショ・ク」 呉「ジ・シャ・ク? 磁石がどうした?」 あんたの耳はパンの耳か? イギリス「ジ・ショ・クです」 呉「ク・ジャ・ク?」 孔雀でもねえ。 っていうか一文字目から間違ってるし。 イギリス「ジ・ショ・クです。最初の文字、クじゃないです。ジです。間違えるには思いっきり遠いです」 呉「ジ・ゲ・ン?」 イギリス「次元大介でもないです。それではルパンです。っていうかだんだん遠くなってます」 呉「おれルパ〜ン3世(クリカンのマネ)。どう、似てる似てる?」 イギリス「・・・会社を辞めたいんです」 呉「な〜ぜ〜じゃ〜(間寛平風)」 イギリス「一身上の都合、みたいなもんです。っていうか似てません。」 呉「それはヤツか?ヤツが原因なのか?」 イギリス「といいますと?」 呉「蟹江敬三のせいか?蟹江敬三が鬼平犯科帳で渋い演技をしているからなのか?そうなのか、なあ、マスオさん!」 じゃああんたはノリスケさんか? イギリス「その人は多分関係ないと思いますが・・・。単純な理由です。時間がないからです。」 呉「そんなんじゃダメだ、インドじゃなきゃ修行してレインボーマンにはなれんぞ?!」 イギリス「ならないです」 呉「まあそうか、それなら仕方ない。せいぜいがんばって、ポリ公マンにでもなるんだな」 イギリス「・・・。」 呉「まあキミがいなくなるのは寂しいが、どうしてもインドネシアに修行に行きたいというのなら止めはせん」 イギリス「・・・。」 呉「おみやげはマカダミアナッツがいいな」 イギリス「・・・はい、インドネシアでがんばります。」 受話器を置いて、僕は机の上の手紙を見た。 「辞職願」と書かれていた。 僕はしばらくそれを見つめたあと、破り棄てた。 そして新たに封筒を取り出し、丁寧に文字を書く。 「休職願」。 |