オンナにとってのオトコの価値とは、「懐(ふところ)の深さ」で決まる一面もあるのではないだろうか。 金銭の余裕であったり、寛容さの深さであったりとカタチを変えるとしても、共通の基盤はやはり「懐の深さ」にすべて立ち戻るのではないだろうか。 僕はオトコとして「懐の深い」人間になりたいと思う。 そして、その当時も彼女のために「懐を深く」したいと思っていた。 いや、それは確かに「せざるを得なかった」という面もあるのだが・・・。 当時、僕は、とある女のコとつきあっていた。 彼女は、女子高生だった。 ***** その年の2月3日。いわゆる節分の日。 彼女はたくさんの「豆まき用の豆」を手に持って校門に立っていた。 僕はクルマで彼女を迎えに行ったのだ。 僕: 「どしたん?その豆」 彼女: 「なんか今日、近所の小学校にクラスでボランティア、っていう授業があってな、豆まきしてきてん。40人が鬼役。その余りもらってきてん」 キレる17歳___。 こんな見出しが週刊誌や新聞を飾ることがしばしばだったその頃。 なるほど、老人ホームへのボランティアや小学校へのボランティアは意味のあることかもしれない。 老人、子供など広い意味での社会的弱者と接することで自ずと守ってやらないといけない、という「優しい気持ち」が生まれるからだ。 彼女: 「めっちゃ力一杯投げつけられたわ。あーもー、ムカツク。絶対いつか殺す」 え? 僕は思わずアクセルを踏み込んで前のクルマに追突するところだった。 確かに最近の小学生は栄養状態がいいせいか、体格もいい。 その割に精神状態がコドモのままなので、多少厄介なところがあるのはわかる話だ。 僕: 「まあそう興奮するなよ、ラーメンでも食べてく?」 彼女: 「だってホンマに痛いねんで?ラーメンはイラナイ」 僕: 「小学生のおふざけくらい大目に見てやれよ〜。ラーメン食べへんの?」 彼女: 「あの子たち、あたしがかよわい女子高生だっていうことわかってないねん。ラーメンは今はいい」 僕: 「なあ、鬼だったんだろ?ちゃんと逃げた?豆あてた子供を追いかけまわしたりしなかったよね?天下一品のこってりラーメン食べへん?」 彼女: 「…。天下一品なら行く」 *** 天下一品総本店に寄ったあと、僕らはケーキ屋に寄り、そしてビデオを借りてきた。 そして僕のワンルームにいた。 彼女はクルマから、例の「豆まき用の豆」を持ってきていた。 他の荷物はいつもクルマの中なのに。 彼女: 「せっかくやし、豆まきしよ♪」 僕の部屋はワンルームだ。 その8畳くらいのスペースも、ベッドと机と本棚とパソコンラックと25型のテレビに占領されて歩けるスペースは限られている。 そんな、ここで? 呆然としている僕をよそに、彼女はすでに袋を開封していた。 笑顔だが、目は笑っていない。 まあ、彼女のイラダチを解消できるなら多少掃除が面倒でも甘んじて受けよう。 これで彼女がスッキリしてくれれば、僕もうれしい。 僕: 「じゃあひと袋___」 ひと袋分だけにしといてくれよ、と言い終わらないうちに、 彼女: 「鬼はー外ッ!、福はー内ッ!」 そう言って、力一杯豆を投げたのだった。 僕: 「イタ、イタタ・・・」 服でカバーされているところはさほどでもないのだが、クビから上、皮膚がむき出しになっているところへ当たるととても痛い。 彼女: 「鬼は外ッ!福は内ッ!」 ピシピシと顔に当たるのが痛い。 僕: 「ちょっとお面着けさして」 豆まきのセットに付いていた鬼のお面をつけると、痛さは半減した。 前は見にくいが。 彼女: 「ねえ、ホンマ痛いん?あたしは今日ホンマに痛かってんで?」 本気で痛くないと許してはもらえないらしいのだが、ところで僕は何を許してもらえばいいのだろう。 高校の頃の話だ。 僕は完全な文系人間で、数学を苦手科目としていた。 数学の先生だったフナ先生は僕によくこう言っていた。 深く考えるとわからなくなるから、そういうときは、考えるな、飛ばせ。 僕: 「ん?どしたん?」 彼女の攻撃が一瞬止んだ。 僕がかぶっているお面には目の穴が開いていないのでよくわからない。 次の瞬間、パンパンパンパンパンという乾いた音がして、脚やら胸やら背中やらに切るような痛みが走った。 何かと思ってお面を外して見てみると、彼女は悪魔の笑顔でガスガンを構えていた。 僕はガンマニアではないのだが、なんとなく買ってしまったガスガンだ。 ベレッタM93‐R。 ダイハードで有名になったM92Fの姉妹品みたいなものだが、これのすごいところは拳銃のくせに連発できるという点だ。 しかしその瞬間は不要な機能だった。 彼女: 「悪魔退散!きゃはははは」 パンパンパンパンパン 僕: 「イタタタタタタタ」 彼女: 「鬼は外!きゃはははは♪」 パンパンパンパンパンパン 僕: 「イタタタタタタタタタ」 ほんとに鬼は僕なのかい? ひとしきり僕が本気で痛がって満足したのか、ガスボンベの補充をすることなく、そのマガジンひとつ撃ち尽くすと彼女はそれを置いた。 彼女: 「あ〜楽しかった。ありがとね。ね、大丈夫?ほんとに痛いの?」 至近距離のガスガンは、痛いんだよ・・・。 僕がズボンのスソをめくってみると、BB弾の跡が痛々しく残っていた。 それを見て急に申し訳なく思ったのか、 彼女: 「ゴメンネ、ほんとに痛かったんだ・・・」 至近距離のガスガンは、ほんとに痛いんだよ・・・。 僕: 「いいよ、大丈夫だから」 彼女: 「じゃあ、痛くないおまじないしてあげるね!痛いの痛いの飛んでけー、痛いの痛いの飛んでけー」 当時、僕は大学生だったし、彼女はもう高校生だった。 本気ですか? 僕: 「・・・。」 彼女: 「もう痛くなくなったやろ?痛くなくなったやろ?」 僕: 「・・・ハイ、もう全然痛くありません」 彼女のおまじないで痛みがなくなった(ということにされた)あと、もう彼女の門限が近づいていた。 彼女: 「あかん、もう帰らな。怒られるー」 僕は彼女をクルマで家まで送り、家の前でお礼のチューをもらった。 ほっぺたに。 僕が部屋に戻ると、豆まきの豆とBB弾でカーペットが見えなくなっていた。 ベッドの上にも、きっとテレビの裏にも豆とBB弾があるに違いない。 掃除、しないとな・・・。 そして服を脱いでみると、あたかも何かの伝染病にかかったかのように、全身に、赤い斑点ができていた。 至近距離からのBB弾の跡だった。 気が付くと、涙を流していた。 それがBB弾による痛みのものなのか、あるいは別の何かなのか、それはもはやどうでもいい問題だった。 |