僕と彼女の事情
〜そのとき僕は悟りを開いた〜







僕は彼女が好きだった。

好きだったから、ほんとうに大好きだったから、がんばった。

人間には医学的には解明しきれない不思議な力を発揮する瞬間があるという。

意思の力はとても大きいのだ。

例えば、自分の子供を救うためなら、母親はクルマ一台は持ち上げるという。

例えば、煙うずまく火事の現場でも、愛する人の居場所は迷わずにわかるという。

例えば、愛する人が危険に陥ったとき、どんなに遠くに離れていても直感でわかるという。

僕はそのとき、とある女子高生と付き合っていた。

今になって思う。

当時の財政事情を考えて。お金のかかることばかりだった。

ウィンドサーフィン、パソコン、クルマ、バイク、旅行、・・・。そして彼女。

どうやって生活してたんだろう?

僕のその生活を象徴していたのは、冬が始まりそうな、その年の11月のことだった。

*****

その日の夕方は僕の冬モノを買いに行くことになっていた。

彼女の買い物はその月の分は終了していたから、残ったお金で冬仕度をしようと思ったのだ。

僕: 「残りはもうこれだけしかないし、今日はおれのマフラーとかセーターしか買えないからね〜。先週香水買ったんだし〜」

一週間ぶりの高島屋は、冬モノの販売の開始で賑わっていた。

その前の年の冬はマフラーもなく、手袋もなく、底冷えのする京都に住むには装備が不十分で苦労したのだった。

京都は盆地で冬の寒さはハンパではない。

神奈川出身の僕には想像以上の寒さだった。

僕: 「ん〜、バーバリーのマフラーは2種類あるのか〜」

素材がウールとカシミヤの2種類だが、デザインは両方ともバーバリーチェックだ。

カシミヤはウールの3倍くらいの値段だった。

彼女: 「カシミヤにしなよー」

僕: 「カシミヤかー。確かにこっちのほうがいいんだけど・・・。お金ないしなあ」

彼女: 「カシミヤ!」

僕: 「15000円も出したら残りが・・・」

彼女: 「黙って買え

殺すぞ?

という殺気にも似た視線を背に、僕は怯えながらカシミヤのマフラーを手にレジに向かった。

ねえ、僕は彼氏・・・だよね?

僕が今月の残り日数と財布の中身を見比べながら支払いをしていたとき、

彼女: 「ねえ、コレも合わせたら似合うよ♪」

といって、バーバリーチェックのキャスケット(帽子)を持ってきた。

そして僕の頭に載せてみる。

僕: 「確かに暖かいし、イイなあとは思うけど、これいくらだよ?」

7000円。

彼女: 「ぜったい似合うよ、それ。バーバリーのセットみたいで。今度それでデートしよ〜。腕組んであげるか・・・」

僕: 「あ、すみません、コレもください!」




やはり高島屋1Fで彼女のアクセサリーを買わされたあと、僕らはいつものとおり、ビデオをレンタルし、僕のマンションの部屋にいた。

僕はチャーハンを炒めながら、

僕: 「ビデオでも観ててー。すぐにできるから。あとコーヒーと紅茶どっちがいい?あ、シュークリームとエクレアどっちがいいんだっけ?そのあと肩もんであげるね」

彼女: 「なあ、●ーくん」

僕: 「ん?」

彼女: 「ねえ、見て。似合う?」

バーバリーのマフラーを巻いて、キャスケットを被っていた。

僕: 「・・・。」

彼女: 「●ーくんよりあたしのほうが似合うわ、コレ、うん」

僕: 「もしかして、欲しいの? それ・・・」

彼女: 「ねえ、●ーくん、ちょうだい?♪♪♪」

僕: 「でもそれがなかったら寒い・・・」

彼女: 「毛糸のパンツはいとけ

はきません。

テレビの天気予報では、冬型の気圧配置が強まって、ますます冬の寒さが厳しくなってくる、と言っていた。

街中を歩く人も寒そうに少し背中を丸めながら急ぎ足で歩いている。

北の方から吹く風は冷たさと勢いを増し、冬の到来を告げている。

その日の晩、僕はベランダで外の空気を吸いながら、街の灯りを見つめていた。

ぼやけているのは涙のせいだろうか。

しかし同時に僕は薄く笑っていた。

ブッダはあらゆる危難を甘受し、あらゆる煩悩と戦い、あらゆる苦しみを受け入れた。

それを乗り越えることで、沙羅双樹の下で悟りを開き菩薩になったという。

そのときの僕は、菩薩だったのかもしれない。





 
教訓「そういうものさ、と思ってしまえばラク」





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