マライヤキャリーの「恋人たちのクリスマス」が流れてくると、僕はなぜか急にとても切なくなって、泣きたくなってしまう。 あなたさえ、キミさえそこにいてくれるだけでいい。 他には何もいらない。 サンタクロースに願いをかけられるなら、プレゼントなんかよりも、あなたがキミがそこにいてほしい。 その歌詞が素敵すぎるのだ。 僕はそのときいわゆる女子高生とつきあっていた。 世間を我が物で世渡りする、そういう種族だ。 そう、あれは数年前の12月初旬。つきあって二度目のクリスマスを控えた頃のことだった。 ***** 僕がキッチンで炒め物をしているとき、彼女はビデオを観ながら雑誌のページをめくっていた。 ファッション関係の雑誌だ。 彼女: 「この指輪、カワイイな〜」 僕はその当時、正直いってお金がなかった。 ウィンドサーフィンの道具はとても高価で、修理や保管にもお金が必要だった。そして高価な割にすぐに傷みやすいものだったのだ。 遠征に行けば宿泊費がかかるし、琵琶湖に通うガソリン代もかかった。 僕: 「今年サンタは来ない」 彼女: 「来るもん!」 僕: 「あれは小学生限定のイベントなのだ」 彼女: 「そんなことないよ、北欧からソリに乗ってきて心の澄んだ子供にちゃんとプレゼントくれるもん」 北欧からソリ? じゃあ今誰にその雑誌の指輪のページを見せているのだ? おれはソリに乗っているのか? 彼女が見せてきたページには、「2人でつけるリーズナブルなファッションペアリング特集」という記事が載っていた。 1つおよそ10000円程度。 2つでの値段は20000円ほどになる。 僕: 「ほんとに今は貧乏なんだよ〜、ホラこのあいだ高島屋で化粧品買ったばっかりだし」 彼女はふくれた顔をして、すねたフリをした。 彼女: 「あ〜あ、きっと●ーくんあたしなんかよりも他に好きな人できたんだ・・・」 僕: 「いないってそんなの!」 彼女: 「じゃああたしなんかよりも大事にしてることがあるんだ・・・」 僕: 「それもないよ、一番大切にしてるって」 それに毎月浮気できるほどお金余らないから。 彼女: 「ほんとに?じゃあお財布見たいな♪」 彼女はそういって、机の上に投げ出されていた財布をチェックし始めた。 現金はそうたくさん入っていない。ほとんどレシートだ。 彼女: 「15000円か・・・。銀行にはいくらくらいあるん?」 僕: 「結構引き出してきたから残ってるのは・・・いくらだったかな。一番上の引き出しに入ってるよ。もうすぐブタキムチチャーハンできるから待っててなー」 僕が食事の準備をしているあいだに彼女は、財布から抜き取った現金と通帳を封筒にいれてのりづけをしていた。 僕: 「?」 彼女: 「●ーくん。この封筒は開けたらあかんよ、サンタさんへの寄付やし」 つまり、買え、ということですね? 僕: 「12月はまだ始まったばっかりやんか、どうやって生活してったらいいんだよ?」 彼女: 「それはちゃんとお財布に残ってるし安心してな。」 僕: 「たしかに千円札が数枚あるけど・・・」 彼女: 「一日500円で計算したらそんなもんやねん」 一日3食を500円で・・・? 僕: 「無理やってそんなん〜」 彼女: 「ムダ遣いが多いんやもん。このレシート3000円って何?4000円とか、あとはこの本屋さんのはマンガ?」 僕: 「・・・それはガンダムのプラモデルです。マンガはジョジョです」 彼女: 「やろ〜?。だからサンタさんへの寄付をつかったら二度とチューしてあげない」 いつのまにか財政権がにぎられていた。 僕: 「おれにもサンタさん、来るのかな・・・?」 彼女: 「来いひんと思うけど、でもあたしがちゃんとチューしてあげる♪」 大日本帝国時代に構築された「イエ」制度、「家父長制度」というのは強大な父権を中心とする家族制度のことで、ミクロレベルでいえばそれが富国強兵を強く基礎づけたものだった。 戦後、西欧の自由主義が文化として日本に流入してくると、明らかに抑圧された女性の低い権利と権利意識、そして押しつけられた「家父長制度」の名残が浮き彫りにされた。 これを受けて、当然憲法でも法律でも男女差別の撤廃が目され、あらゆる面での法的かつ文化的制度が準備された。 それが21世紀最初の日本の姿である。 明治時代に戻りたい。 僕: 「わかった・・・、なんとかしてみる」 クリスマスに彼氏にペアのリングを買ってもらいたい、という希望も考えてみたらうれしい話ではあるのだ。 彼女: 「ありがと♪ねえ、いつかはこんなの欲しいなー」 別のページにあったのは、ブルガリの時計だった。 55万円。 僕: 「まずムリだろ」 彼女: 「え〜、毎日マクドで8時間バイトして深夜のガードマン8時間して家庭教師2時間を4件して余った時間で塾の講師とかしたらスグだよ。あ、今度のクリスマスに間に合うかも!」 時間余らないから。一日24時間しかないし。 それに、ねえ、労働基準法って知ってる?
僕: 「死んじゃう、死んじゃう!」 僕は、泣きそうになりながら、チャーハンを食べていた。 哀しみの味だった。 しばらくした後日のこと。 僕と彼女は高島屋にいた。 僕のポケットには約束どおり、銀行の残金と封筒に残された現金が入っていた。2万円。 例の雑誌で見て気に入ったペアリングがあるのだという。 僕: 「で、どれ?」 彼女: 「ん〜、あった、これこれ!」 ショーケースの中で大小二つ揃えられたリングが輝いていた。 値札は・・・、3万8000円。 知らないあいだに値上がりしていた。 女性店員: 「こちらでございますね?」 僕: 「え、ええ。カ、カードで」 その夜、僕は実家に電話をした。 僕: 「あ、もしもし、僕。このあいだちょっと必要な教科書があったから何冊か買ってお金使ってしまったんだ。2万円ほど銀行に入れてほしいなあ、なんて・・・」 街は緑と赤とでキレイにコーディネートされて、クリスマス本番を間近に控えて楽しげに踊っていた。 僕はその街の灯が揺らいでいくのを眺めていた。 もう少しで涙がこぼれ落ちそうになっていたのだった。 |