今日はとても悲しくてつらいことがあった。 基本的に男たるもの、どんなにつらいことや悲しいことがあったとしてもそれは心の中に押し隠し、常に微笑みを浮かべているのが理想だと思う。 いちいち小さなことで周囲にいる人間に不快感を与えるようでは、大人の男とはいえないだろう。 おれは、たとえ周囲が沈んだ雰囲気であっても、少なくともおれ自身は明るく振舞って周囲を勇気付けられるような、そんな人間になりたい。 だからこのホームページを更新するにあたっても、常々小さなことでは怒らないように気をつけてきた。 読者の皆さんを不快にさせたくないからである。 しかし、おれだって人間なのだ。 いくら我慢しようと思ってもできないこともある。 今日の出来事は、おれのリミットを超えた怒りを生んだのだった。 *** 今日の昼間、おれは大学にいた。 おれに与えられた使命は、来週のゼミ発表だったのだ。 いつもよりキツイ仕事だが、引き受けた仕事はやりぬくのがおれの信条だ。 誰にも邪魔はさせない。 それがプロというものだ。 該当する文献を図書館で捜索し、コピーし、理解する必要があった。 図書館で本を得たおれは、学生食堂、いわゆるガクショク、イーティングプレースに足を運んだ。そこで軽く目を通しながら、昼食を取ろうと思ったのだ。 なにいィッ!!(ちょっと聖闘士星矢風) メニューのショーケースのまえに立ったとき、おれは自分の目を疑った。 カ、カキフライ!! おれはカキフライが好きだ。 大きめのカキがエキスをたたえながら、サクッとした歯触りのコロモに包まれ、そしてタルタルソースとレモンで彩られている、そのカキフライ。 ジューシーなカキのエキスを封じ込めながら脇役に徹するコロモも、過加熱されないでジューシーさを保つそのカキも、おれは好きだ。 一口かじって、コロモの内側からしたたりおちるそのカキエキス。口の中にはいった瞬間、『アチチアチ!』と思わず叫んでしまいそうな、そういうカキフライだ。おれは大好きだ。 どれだけ待ったことか。 そう、カキフライは冬季限定の食材なのだ。 どうやら11月1日から、メニューに加わっていたらしい。 おれとしたことがうかつだった。 まっさきに迎えにくるはずだったのに。 以前、最後に口にした時、次のシーズンには一番に迎えに行くと約束したってのに・・・ 会いたかったよ・・・。 おれはこれまで冷酷非情な人生を歩んできた。おれには涙なんて枯れちまってないのだと思っていた。 しかし、おれの目からは涙が一筋、流れ落ちていた。 おれは他のメニューには目もくれず、一直線に『カキフライ定食』のコーナーに向かった。 おれ「おばちゃん、カキフライ定食一つ」 あくまで、低く、男の渋さをかもし出す、ダンディな声を出したつもりだったが、果たしてそれは喜々とした少年のトーンだったかもしれない。 ここから先は誰にも邪魔はできないおれだけの至福の時間だ。 もし邪魔するやつがいたら、血の雨が降ることになるだろう。 そしてこのときの慢心が、普段のおれにはない不注意をもたらすことになったのだ。 つけあわせのキャベツにかけるドレッシングもそこそこに、おれは早速テーブルにつき、両手を合わせた。 男には、なにがあってもしなくてはならないことがある。 男なら、なにがあっても言わなければならない一言がある。 おれ「いただきマンモス!」 おれは、そのときもったいぶっていたのかもしれない。 いや、もっとわかりやすい言葉でいえば『あまのじゃく』だったのかもしれない。 最初にはしをつけたのはカキフライではなく、つけあわせのキャベツだった。 その瞬間、過去の嫌な思い出が脳裏をよぎった。 高校のときの合コン。 あの時、おれの好みはユウコちゃんだったんだ。なんでつけあわせみたいなエミちゃんにいっちゃったんだろう? 一番かわいかったユウコちゃんを横目に、自らダークゾーンを選んでいったおれは、『あまのじゃく』あるいは『逆走くん』そのものに他ならなかった。 あのとき、二度と同じ失敗はしないって心に決めたじゃないか!! 自分に正直になれよ、おれ つかんだキャベツから箸を放し、おれはカキフライに箸を伸ばした。 そのとき、おれのハートは踏み切りの遮断機よりも激しく鼓動を打っていた。 初めてTsutayaでAVを借りたとき以上の激しさだった。 クニュ。 おれは高校時代のある女の子とのデートを思い出した。 そう、そのデートの最後で、おれは想いを伝え、そしてキミはうなずいたじゃないか。 だからおれはその次の日曜日も一緒に遊べるって信じてたんだ。 キミがその日用事で遊べないって電話で言ったときも、おれは、じゃあその次の週末遊べるって信じてたんだ。 なのに、なぜ? おれの心をもてあそぶなよ! 裏切られた気分というのは、信じていた気持ちが強いほど、深刻に心を直撃する。 そのカキフライは冷えていた。 そのカキフライは冷めていた。 そのカキフライは冷たくなって、コロモはサクサク感を失っていた。 そのカキフライは過去にカキフライだったかもしれないが、もはやカキフライではなくなっていた。 そのカキフライはおれの最高まで昂ぶった期待感を見事に裏切って、平然としていた。 少し、めまいを感じた。 なんてことだ。 おれは、半分ほどかじったカキフライを見て、目を疑った。 インド人も二度びっくり!! そのカキは小さかったのだ。 おまえ、アサリだろ!? このチワワ野郎! ・・・あ、これは関係なかった。 おれがちょっと呆然としてしまったあいだに、隣のテーブルに一人の学生が座っていたようだ。 い、いつのまに間合いに入られたのだ?! おれは不覚をとったようだった。 いつもは背後をとられるなんてことすらないこのおれが。 ん? 隣の学生のメニューは・・・カキフライか? おれはそのトレイを見て愕然とした。 そう、同じカキフライ定食だったのだ。 しかし。 6個もある!! おれは自分のトレイにあるカキフライを数えてみた。 4つと、半分。どうみても、どう考えてももともと5つしかなかった。 スタープラチナ・ザ・ワールドが刻を止めて、食べてしまったとでもいうのか? おれは目をこすって何回も確かめてみたが、数が増えるわけでもなかった。 ババァ、なんでおれは5つやねん?! おれは定食コーナーでせっせと動くガラモンのようなババァをにらみつけたが、それは何の解決にもならなかった。 そう、おれは負けたのだ。 自分の弱いこころに。 もう二度と、学食でカキフライ定食は食べない。 それがおれにできる精一杯の抵抗だった。 |