泣き止んだ呉師匠は、なお残るその場の重圧に耐えきれなくなったのか、ジョッキに注がれた生ビールを一気に飲み干した。 それにならって、他の6人もみなグラスに残ったビールに口をつけた。 一杯、そしてまた一杯。 重い空気がたまるその場所で、ただ黙々とビールを飲む音だけが静かに聞こえた。 「あ、ビールのおかわりください」 takeさんが追加の注文をするときだけ、人間の声がする、といった感じだ。 その責任を感じた呉師匠はますます毒に等しいビールを苦しそうな表情でムリヤリ口に運んでいるようだった。 そしてその呉師匠に対抗するようにすごい勢いでビールを飲んでいたのが、カナスギ兄弟子であった。 目は充血し、握られたコブシには血管が浮いていた。 そうなのだ。カナスギさんは無骨な武闘派なのだ。プロレス好きの硬派なのだ。 僕はさきほど握手した瞬間に手首関節を極められたことを思い出した。今はもうかなり赤く腫れあがっている。 きっとヒビくらいは入っているに違いない。 そしてそのカナスギさんの隣でこれまた黙々とビールを飲むのは朴訥とした青年の小寺くんだ。 小寺くんは先ほどカナスギさんに首関節を極められて、ボキッという音をさせていたが、大丈夫なんだろうか。 そういえば心なしか頭がナナメになっている気がする。 あ、あれ?死んでる!!! とりあえずここは気付かず、知らないフリをしておくのが上策だろう。 アミーゴのなかで死人が出たらまずいのは当然だ。 でも電脳告別式でめっちゃアクセス増えるかも。 のりのさんは握手のときに人差し指を極められたらしく、第二関節から先が上に曲がっていた。 デジカメのシャッターを押せないらしく、今も苦戦しているようだ。っていうか、痛くないの? その場の重苦しい妙な緊張感を破ったのは携帯電話の音だった。 MickさんのBBSにいらっしゃるインターネット仲間らしい。 電話がかかってきた瞬間、これまで統一感のなかった僕ら7人(うち一名は思考停止)の脳裏に一つの不安が生まれた。 あの呉アミーゴがオフ会に失敗したなんてことは世間に知られてはまずい!!! チワワ野郎(呉師匠)が口を開いた。 呉「盛り上がってるフリでもしませんか…」 一同うなずき、突然狂ったように、というか狂っていたのかもしれない。 うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ うけけけけけけけけけけけ ぬははははははははははは(一名除く) そして僕はもののついでにワラビさんに電話をかけた。携帯を操作する手首が痛い。 僕「あ、どうも、●です。もう始まってからみんなすごく盛り上がってます(ウソ)。あ、師匠に換わりますね」 僕は近くにいたウェイターを呼んだ。年は20代後半。 呉師匠よりちょっと若いが、ノリは良さそうだ。 さっきから心配そうにこっちを見ていた。きっと集団自殺でもしそうなほど沈鬱な空気だったに違いない。 僕「(小声で)すみません、適当に話してもらえませんか? っていうか、話せ」 ウェイター「はい?」 ワケのわからないという顔をするウェイターにとりあえず携帯を押し付ける。 本物の呉エイジは致死量のビール(ジョッキ4/5)を飲んで息も絶え絶えに青い顔をしていた。ジャケットと同じ位の青さだ。 ブルーチワワ
ウェイター「ワタシダ(ちょっと悪のボス風)」 ふぅ。どうやらうまく話してくれているようだ。 おっぱいネタで盛り上がることができるところを見るとどうやらこのウェイターも悪の巨乳派のようだ。善の美乳派の僕としては敵である。 え?終わった?まずい!! カナスギさんは今Mickさんにコブラツイストかけてるところだし、takeさんはさっきワリバシで目を突かれて流血している。 カナスギさん、凶器は反則技だ。 のりのさんはうつろな目をして折れた指を眺めているし、小寺くんはさっきから息をしていない。 僕はウェイターに、携帯を隣のテーブルの青年に押し付けるよう、指示した。 これでワラビさんには、『とっても楽しいオフ会』を演出できただろう。 あとは証拠として全員の写真でも撮る必要があるかな。 まあいい。そんなのはこのフロアにいる男を7人適当に選んで並ばせればいいのだ。 どうせ顔は写さないのだ。構うもんか。 つづく |