2001年の2月、これを書いている。 京都の北のほうでは、ちらちらと雪が舞うことも珍しくない。 あれは数年前にもなるのだろうか。 確かあの日も寒くて、雪が降っていた。 僕がまだ大学に入ったばかりの頃のこと。 僕は大学生というのは毎晩お酒を飲みに繁華街へ繰り出すものだと勘違いしていた。 お酒もロクに飲めないというのに。 その晩に会ったキミは今なにをしているんだろう。 そんなことを考えながら、今日はその日の出来事を書いてみたいと思う。 ***** 最高気温も数度、最低気温はマイナスというとても寒い日で、雪のちらつく日だった。 その日、僕は木屋町に遊びにいっていた。 友達がアルバイトしていたBARへ飲みに行っていたんだ。 一人でフラっと出かけて、適当に飲んで、気が向いたときに帰る。 そんなつもりで。 夜中の1時過ぎ、僕はジンのロックを4〜5杯飲んでちょうどいいくらいに酔っ払ったし、そろそろ帰ろうかと思ったんだ。 街の喧騒もまだおさまっていない中、冷たい空気を浴びながら僕はゆっくりと歩いた。 そして、キミを見つけたんだ。 鴨川沿いのベンチで腰掛けて、宙を見つめるキミ。 火照った頬が着ているコートと同じくらい赤いのが印象的だった。 僕「ねえ、キミ、一人で何してるの?」 女の子「・・・。」 キミは捨てられた子犬のような瞳を潤ませて、僕を見ていたね。 僕「行こうか?」 女の子「・・・。」 僕はキミの手を引いて、そしてキミは立ち上がったんだ。 ***** タクシーが僕のマンションについてもキミは虚ろな目をして、ずっと無言だったんだよね。 どんなことがあったのか知らないけど、たまにはツライことだってあるよ・・・。 でも、ツライことばかりじゃないさ。 僕はキミのコートに手をかけた。 キミは無言だった。 僕はコートのボタンを外した。 その中に現れたのはダウンジャケットだった・・・。 僕はダウンジャケットのボタンを外した。 その中に現れたのは、Gジャンだった・・・。 僕はGジャンのボタンを外した。 その中に現れたのはカーディガンだった。 カーディガンの下にはタートルネックのセーター・・・。 あんたはラッキョウか? でも僕は負けることなく皮をむいていったんだ。 いつかは芯にたどり着くことを信じて。 僕は女性の下着にはあまり詳しくなかったんだけど、そのときにいくつか学んだよ。 ババシャツ、スリップ、ガードル、ボディスーツ・・・。 ブラジャーとパンツ以外にもこんなに下着ってあるんだね。 最後の数枚になったとき、キミは初めて自分で動いたんだ。 口を押さえながらトイレの方へ。 そのときになって初めて、キミが顔面蒼白で汗をかいてるのを知ったよ。 うげぇぇぇぇぇぇぇ ねえ、我慢っていう言葉知ってる? ううん、それよりもキミ、ここが他人のウチだってこと知ってた? トイレの手前にぶちまけられたキミの分身は、その瞬間酸っぱいニオイを発生させちゃったんだよね・・・。 毒ガスだよ、これは!! そのニオイで僕の酔いもイッキに覚めちゃった。 よく見るとキミ、ちょっと清川虹子に似てたね。
僕、ますます酔いが覚めちゃったよ。 この世の現実こそが恐怖だってことも、あるんだね。 ホントに怖かったよ。 とりあえず、パニックに陥った頭を冷やす必要があったから、状況を整理して考えることが必要だと思ったんだ。 僕の部屋で、清川虹子似のキミが酔いつぶれてゲロぶちまけて、トイレ前でくたばっている。 僕は為す術もなく呆然と立ち尽くして鼻を押さえている。 これはいったいどういう状況なんだ? とりあえず換気だ。 窓をあけると強烈な寒気が部屋に流れ込んだ。 寒気で換気、なんていうそれこそ寒いシャレを思いついている場合ではなかった。 新聞紙とトイレットペーパーでトイレ前の掃除に取り掛かったとき、キミは小さく「寒い・・・」とつぶやいてトイレに引きこもってしまったんだ。 カギはロックされていた。 すると、 ビリビリビリビリビリ もしかしてこれは脱糞の音なのか? もう一度頭を冷やして事態を理解する必要があった。 毒ガスのこもる空間で、悪臭を放つ粘液を掃除しつつ、悪意を伴う「何かが破ける音」を聞いている僕・・・。 これはいったいどういう状況なんだ? 整理して考えるとますます分からなくなった。 水の流れる音がそれに続き、トイレのドアが開いた。 別の悪意を伴ったニオイも一緒に出てきた。 はうッ! アルコールと吐瀉物のニオイを吐き出しつつ、キミはベッドに向かったね。 そしてそのままベッドに倒れこんだんだ・・・。 布団を頭まで引き上げてさ。 どんなに干しても、キミのニオイは二日消えなかったよ。 キミがベッドに入ったあと、僕は一人で掃除をした。 掃除が終わったあと、コートにくるまって床で寝た。 窓を全開にしてたから、とても寒かった。 そういえば、結局キミの名前聞いてなかったね。 聞きたくもないけど。 僕の目には涙が浮かんでいた。 神さま、もう二度と悪いことは考えません。 そう誓った雪がちらつく寒い冬の日の出来事だった。 |