僕は彼女に告白したかった・・・








小学校のとき、僕は中学受験のための進学塾に通っていた。

家から電車で30分かかるところにあった。

今ほど中学受験に市民権がなく、近所には家庭学習用の学習塾しかなかったのだ。

僕はそこの塾に小学3年生の冬から通っていた。

そして小学6年生のとき、僕は恋をした。

同じクラスのコだ。

彼女は知的で、聡明で、もの静かで、キリリとした気品を備えていた。

僕はというと、鼻をたらし、騒がしく、品性を疑われていた。

当時は今ほど恋愛にも市民権がなく、小学生の時分には近くでしゃべっているだけで周囲から冷やかしの対象となった。

そう、僕自身も他人の恋愛話に関しては冷やかす側であり、他人の恋愛話をツブしてきたのだ。

だから好きになったとしてもそれは限りなく成就不可能な恋のまま終わってしまうのだった。

しかし僕はそのコが本当に好きだった。

テレビのドラマでは、若手美人女優が、俳優の口にスプーンでカレーを運び、「ア〜ン♪」と言っていた。

あれがしたい。

僕は妄想の中で彼女と結婚していた。

僕はある計画を立てた。

塾にいるあいだは、冷やかしの対象になるため、絶対に友達にバレないようにしなければならない。

したがって告白するにしても、ヤツらがいないところでしなければならない。

しかし・・・、この塾には僕のように電車で30分かけて通っているのもザラだ。

じゃあ、偶然を装って彼女が使う駅で待ち伏せするというのはどうだ?

それで、彼女は一体どこに住んでいるのだ?

よし、一度跡をつけてみよう。

今から思えば軽くストーカーだ。

その日、塾の授業は夜の8時40分に終わった。

迎えのクルマが大量に塾の前に到着している。

彼女は・・・、幸いクルマの迎えではないようだ。

女子の友人数人と最寄の駅まで向かう。

僕も男子の友人数人としゃべりながら駅まで向かう。

楽しく会話しているフリをして、目の白い部分では彼女の姿を確実に捕らえていた。

尾行の基礎は、バレないことだ。

数メートル後ろにいてはバレバレだ。

見失わないギリギリの距離、すなわち50メートル程度の距離を保って後をつける。

駅についた。

彼女は女子の友人と別れて1人で反対方向のプラットホームへ降りる。

僕も友人と別れて反対方向のプラットホームへ降りる。

彼女は何か本を取り出し、読みはじめた。

あの本はきっとさわやかな小説に違いない。例えば椎名桜子とか、吉本ばななとか・・・。

少なくとも僕がカバンに入れている「バカ丸出しギャグ100連発」ではないはずだ。

引き続き、僕は友人としゃべっているフリをして、彼女が来た電車に乗ったのを確認した。

およそ3つ分の車両をはさんで、僕も乗った。

乗ってしまうと彼女の姿は見えない。

服の特徴は覚えている。

ドアが開いて彼女が降りたら僕も降りよう。

服の特徴は・・・、白いTシャツにジーンズ。

特徴になってないけど!

僕は帰宅ラッシュで混雑する車両を移動し、隣の車両まで進んだ。

とある駅で、白いTシャツ+ジーンズの姿が降りるのが確認できた。

僕も降りた。

帰宅ラッシュで姿を見失いがちだが、それゆえある程度の距離を保たないと向こう側にこちらを発見されてしまう恐れもあった。

ちらりと白いTシャツが別のホームへ向かうのが見えた。ここは乗り換え駅なのだ。

目の端では、別の白いTシャツが改札を抜けるのが見えた。

どっちだ?

一瞬見えたその姿から、僕の直感がささやいたのは、改札ではなく別のホームだった。

階段を降りたところちょうど電車がやってきたところだった。

完全に姿を見失った状況だが、僕も乗り込んだ。

混雑する電車内だったが、幸い、これは僕のような背の低い小学生には格好のカモフラージュとなった。

同時に彼女の姿もまったく見えなかった。

窓に映る人影をじっと分析した。

心臓がつかまれた感じだった。

手を伸ばせばすぐ届きそうなところで、白いTシャツが目に入った。

うつむいているところを見るときっと本を読んでいるに違いない。

間違いない。

幸いこちらには気付いていないようだ。

息を殺して次の停車を待つ。

待つ。

待つ。

通過した。

これって急行?

ドアの上にある停車駅の表を見ると、あと10駅は停車しない。

まあいい。

僕は目を閉じて次の停車を待った。

停車と同時にダッシュだ。

毎日のように塾に通うことや、次の駅が乗り換え駅ではないことを考えれば、間違いなく彼女の家は次の停車駅にある。

つまり、今は背を向けている彼女も次の停車でドアがあけば、目を上げる。

降車時の混雑で追跡がバレるのはどうしても避けなければならない。

だからダッシュだ。

そうこうするうちに、駅に到着した。

ドアが開き、ドッと客が降りる。

僕はその間隙をぬって飛び出し、先に改札を抜けようと考えたのだ。

もちろんここまでの定期券などは持ってるはずもないから、乗り越し料金を払ってから改札を抜け、だいぶ離れた適当な場所で身を隠す。

案の定、白いTシャツが出てきた。

どっちだ?

駅の正面には横に道路が走っていた。こっちか?あっちか?

どちらでもなかった。

50メートルほど先で彼女はタクシーに乗った。

小学6年生でタクシー?

軽い驚きを感じながら、僕は後を追った。

乗り越し料金の数百円だけでも小学6年生には無視できない金額だ。

ましてタクシーに乗るなんてことはできない。

走ってタクシーを追うのは大変なことだった。

もうどれくらい走ったのだろうか。

息も絶え絶えになりながら、見失わないように後をつけた。

閑静な住宅街で、タクシーは止まった。

あたりは外灯が数本立っているだけでとても静かで暗い。

汗が止まらない。

しかし確認しなければならない。

タクシーから白いTシャツ、ジーンズ姿の人影が降りた。

ちら、と後ろにいる僕に目を向けた。

目が合った。

オマエ誰だよ。

小柄な男性はそのまま家に入った。

時計を見ると、すでに10時だ。

ていうかここはどこ?

同じルートを辿って、僕が帰宅したのは11時半を超えていた。

警察に届けまで出していたという。

しかし、何をしていたのかは死んでも言えなかった。

あまりにもバカバカしかったからである。

今から思えば僕は4〜5人、別の人物の後をつけていたのかもしれない。



 
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