体育祭

〜かっこ悪い振られかた〜

 彼女は帰国後すぐ、私立の女子校に通っていたのだが、それは普通科の高校だった。

しかし、彼女はピアノのプロフェッショナルのようなものだった。

イギリスでは音楽特待生だったし、それなりのピアニストに師事していたようだった。

そして、彼女は学校を転校したのである。

奇しくもその転校先というのは、「ハチ公口の悲劇」ジャミラと同じ学校だった。

なんという数奇な運命!

彼女は、一年間留年する形で、その音楽高校に再入学したのであった。

 

 さて、僕が高校3年になった春のことである。

彼女は高校1年生として新たな高校で新たな一歩を踏み出そうとしていた。

僕の高校は男子校であった。

男子校では通常、体育祭というのは派手に行われる傾向がある。

うちでは、赤・白・青・黄の4色で優勝を巡って激しく戦うことになっていた。

中学一年のときから与えられた「色」はずっと同じなので、「愛色心」が非常に強くなる。

さらに、各学年種目についての作戦・それに応じた練習などはすべて各色の高校3年が

行う習慣になっていた。

したがって、この体育祭に懸ける情熱と思い入れは並大抵のものではなく、

勝っても負けても感極まって泣いてしまう者がほとんどだった。

そこで、こんなエピソードがあるというのを耳にした。

僕が高校2年のときの体育祭でのこんな事件。

友人「へへへ。体育祭のあとで、彼女できちゃった」

僕「そいつはおめでと。で、どうやって手懐けた?」

友人「いや? 別になんにもしてないけど?」

僕「なんにもなくて彼女なんてつくれるかよ」

友人「う〜ん。そういえば、体育祭かな?」

僕「体育祭? あんなオトコ臭いのがいいのか?」

友人「おれの色優勝しただろ。で、そのときのおれがかっこよかったんだとさ」(こいつは黄色)

僕「…!」

どうやら、体育祭で燃え上がって、そしてまっしろに燃え尽きたあとのオトコはカッコいいものらしい。

たしかに、激しく攻防戦を繰り広げたあとに優勝を勝ち取り、そして優勝旗を囲んで

感涙にむせぶオトコというのは、女の子のこころに訴えるものがあるのかもしれない。

これだ。

僕の頭には、その瞬間に次のようなシナリオが描かれていた。

傷だらけになったおれ。

それでもぎりぎりの接戦が最後の種目まで続く。

肉体的にも精神的にももう限界だ。

それでも瞳に宿る光だけは失われていない。

優勝。

そのためだけにすべてをなげうって、がんばってきた。

あきらめちゃいけない。

あきらめられるもんか。

あきらめるな。そしたらそこで終わりだ。

おれが作戦を練り、それに応じて練習内容を決め、練習させた騎馬戦。

実際に戦うのは中学1〜3年だけど、

フィールドで指揮を取るのはおれだ。

こいつが優勝の行方を決める。

勝つんだ!…

そして、戦いがすんで、おれは賛美と賞賛とみんなに囲まれて、涙しながら

友と肩を抱き合い、喜んでいる。

それを彼女が見る。

そしておれに惚れる。

そのあとは、ラブラブ。

結婚して子供は二人。

アホまるだし。

言葉にするのも恥ずかしい妄想である。

しかし、優勝することはおろか、彼女がうちの体育祭に来てくれるかどうかすら危ういのだ。

僕は、一通の手紙を書いた。

あまり長いやつを書くとその妄想が伝わってしまうので、非常にシンプルに書いたつもりだった。

Dear S,

久しぶり。元気にしてる? 最近、手紙も電話もしてないけど、別に電話代払ってないわけでも、切手買えないわけでもないんだ。ちょっと電話の機種換えてみてから、電話の調子が悪くてね。やっぱり糸電話は使えないよね。手紙もちゃんとペーターさんとこのヤギに配達を頼んだんだけどね。どうやらちゃんと配達されてないみたいだ。やっぱり、ヤギの郵便屋さんは、ダメだね。ハハハ。

ところで、今度、ウチの高校で体育祭があるんだ。ムサイ男が寄ってたかって肉弾戦を繰り広げるおもしろいモノなんだけど、是非見に来て欲しい。赤・白・青・黄の4色で優勝をかけて戦うんだ。その戦いは、少なくとも双羽黒のプロレスなんかより面白いはずだよ。あれ? プロレス見ない? それじゃあ、そうだな、昔の日ハム・阪急戦よりも面白いっていう例えでわかる?

じっさいに見てみるのが一番だとおもう。おれ、赤組の騎馬戦担当してるんだ。勝つように作戦たてて、それに応じて練習メニューも組んだし、いけるはずなんだ。これは、ほんとに見て欲しいんだ。だから、君が来てくれることを楽しみにしてる。

それじゃ。

たしかこんなような手紙だったとおもうのだが、今から思えば、

書き出し部分で破られても文句はいえない内容である。

まして、イギリスに留学しててあまり日本のことをしらないというのに、

双羽黒とか、日ハム・阪急とは、かなりわかりにくい例えに違いない。

 

そして、衝撃のクライマックスへ…

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