僕らは連れ立って居酒屋まで歩いた。合コン、しかもお酒を飲む合コンにも関わらず、行きがけにすでにもう帰りたくなったのは後にも先にもこれだけである。 ついた居酒屋はいつもうちの学校が好んで使っていたカラオケつきのこぢんまりとした居酒屋だった。テーブルが6つあるくらいで、50人も入れば一杯になるような広さだった。 席順は、お約束通り、男女交互である。僕はテーブルのコーナーに座ることにした。そして斜め向かいの対面中央にはM先輩。 そしてこちら側の列には真ん中に女のコをはさんで反対のコーナーにT先輩、という図式である。これなら、正面と隣には女のコがくるのだ。 僕が一番に席に座ると、女のコ3人、いや正確には女のコ二人と力士一人が戸惑っていた。 それをうまく(自分の都合のいいように)軽く指示したのがT先輩だった。今日一番の問題児を自分から離れた席に追いやったのである。それはつまり僕の正面に力士。 いまだに日本には年功序列という古臭いしきたりがあるのだ。これを改善しなくては日本に未来はないかもしれない。 それはとてもちいさな声だった。おそらく聞いたのは僕ひとりだったかもしれない。そして多分、言った本人も声に出てるとは思ってないのかもしれない。心の中でつぶやいただけのつもりだったのだろう。 いくら体型がビヤ樽のように太っているとはいえ、いくら眉毛がゲジゲジで濃かったとしても、彼女は間違いなく有名私立女子校の生徒である。つまり、身分的には天下の「女子高生」だったのだ。 どっこいしょって何?
とりあえず注文である。いまでこそビールは中ジョッキだが、合コンにおいてそれは間違いである。あくまでも、ビン+コップで注文しなくてはいけない。これは、ゲームのためでもある。イッキにしても王様ゲームにしてもコップでないと無理があるのだ。 そして食べ物は、適当に注文して、人気があったものから追加して注文していけばいい。このメニューを決めるとき、隣の女のコと顔を近づけて話すのがミソである。居酒屋はうるさいくらいのほうがよろしいのだ。だからこのときはカラオケ。 武蔵丸のとなりにはM先輩がいたが、あからさまに無視していた(笑)。そうすると、彼女の矛先は当然、残る方向へやってくる。 僕「ん? 何か注文したいの?」(←それでもあくまで紳士面を貫く) 武蔵丸「…いま、ダイエット中だから」 なんのひねりもない受け答えだった。 多分、これくらいストレートな会話も珍しい。女のコが痩せているかあるいは完璧なプロポーションを保っているときに「ダイエット中なの♪」と言われれば、こちらも「え〜、うそだよ、痩せてるじゃん」とか「これ以上痩せたら一般人困っちゃうよ」などといって、話を膨らますこともできたのだが、僕は、 「あ、そう」 と一言いっただけだった。後にも先にも、これほどまでにひねりのない会話はない。のび太がジャイアンにいじめられるくらい自然な流れである。 したがって、話が発展する要素も皆無だった。 しかし、武蔵丸にしてみたら、M先輩があからさまに無視を決め込むので、僕ととなりにいるショートカットの女のコしかしゃべる相手がいないのである。 武蔵丸「●(僕)くんって、彼女とかいるの?」 序盤戦から直球ストレート勝負である。駆け引きというものを知らないのだろうか? 普通、この質問は、「あなたに興味がある」ということを暗に示すことばである。だから、あるていどの下準備をして「いけそうだ」と思ったときに、発するべき言葉なのだ。序盤でいきなり「いる」と答えられてしまったら、そのあとの目的がなくなってしまうからである。 翻って、僕の立場に立ってみよう。この日の僕の狙いは、「次の合コンの約束」をとりつけるということにすり替わっていた。ただし、当然武蔵丸抜きである。 隣に座っているショートカットのユウコちゃん(仮名)本人はM先輩に譲ったとしても、このコに次の合コンをお願いすることは許してくれるかもしれない。要するに友達作りに徹しようと思ったのである。しかし繰り返すようだが武蔵丸を除いての話だ。 だから、ここで「彼女がいる」と答えてしまったら、その次の話もなくなってしまうわけで、その返答はできない。しかし正直に「いないよ」と答えてしまうと、武蔵丸の気持ちを汲んだことになってしまい、攻撃を甘受しなくてはいけないハメになるのだ。 僕「今はいないけど、いいコがいたら、お願いしようかな、と(笑)」 瞬時に出てきた答えにしては上出来だろう。 ビールで乾杯して、ちょっとしたおしゃべり。ユウコちゃんにいいイメージを与えなくてはいけないため、あくまで紳士面を貫く僕であった。当然、武蔵丸に対しても邪険な扱いはできない。 食事が出てきた。 むしゃむしゃむしゃ。 ビールをごきゅごきゅ。 再び食事をむしゃむしゃむしゃ。 |
食べ方も豪快だった。まるでワリカン負けをしないようにするために昼飯まで抜いてきたかのような食べ方である。ここはバイキングではない。 僕「…あ、僕の分もいる?」 武蔵丸「あ、ありがと♪…やさしいのね」 多分それは精一杯の笑顔だったに違いない。満面の微笑みを浮かべた武蔵丸はある意味でとてもかわいらしかった。 ロングヘアのキョウコちゃん(仮名)は正しかったのである。たしかに、自分の微笑みで他人を笑わせることができる人はほとんどいないだろう。 その微笑みは、九州場所で優勝した武蔵丸のインタビューを彷彿とさせるものだった。 そしてカラオケである。そして合コンのカラオケといえば、罰ゲームとしてのカラオケか、ウケ狙い&芸披露としてのカラオケ、そして本気のデュエットの3パターンがある。 とくにデュエットは「要」だ。「愛が生まれた日」あるいは「てんとう虫のサンバ」、「目を閉じておいでよ」あたりは、こういう合コンのためにあるようなものなのだ。 僕「あ、誰かコレ歌える?」 さりげなくユウコちゃんとキョウコちゃんにふってみる。しかし、数分後、ステージに立っていたのは僕と武蔵丸であった(涙)。 M先輩がユウコちゃん、T先輩がキョウコちゃんに向かっていたのはなんとなくわかっていた。そうすると当然、残る二人は絞られてしまう。 僕はいやな感じがしていた。そしてどうやらその感覚は正しかったようである。 物語はまだ終わらない… |