ここはタイ、プーケットから船で一時間半のところに浮かぶピーピー島。 サンゴ礁に囲まれた、きれいな島である。 僕はここに、心の洗濯をしに来たのだ。 どこまでも続く蒼い空と碧い海、真っ白な砂浜は世知辛い日本の生活で煤けた僕の心をも真っ白く戻してくれるに違いない。 そうだ、僕はここで少年の、子どもの心を取り戻すのだ。 僕は一泊5000円ほどで泊まっているエアコン付きのバンガローから歩いてすぐの、プライベートビーチに出た。 天高く太陽が上り、碧くて透明な海をギラギラと照らしつけていた。 さっそく全身にサンオイルを塗り、サングラスをかけて、チェアに座り込んだ。 素晴らしい景色の中で太陽の光を全身に浴びて、優雅に読書する。 人生にはこういうシーンも必要なのだ。 と、そのとき。 僕が静かに本を読んでいると、視界の隅で動く気配があった。 ここはプライベートビーチだ。 だからきっと同じ敷地内にあるいずれかのバンガローに宿泊している観光客だろう。 少し遠くなのでよくわからないが、金髪の男女という一組。 ほんのしばらく見ていたら、女のほうがビキニの上を脱ぎ出した。 ト、トップレス!! 近くでもっとよく見たい! 僕は読書にふけるフリをしていたが、実はサングラスの内側では横目で凝視していた。 しかし今、わざわざ立ち上がって何十メートルか先の彼女のほうまで歩いていくのはとても不自然だ。 オナニーしているところを母親に見つかって、いやなんか虫に刺されたらしくてかゆくてかゆくて夏になると虫が多くて嫌だよね、と言い訳するくらいに不自然だ。 しばらく様子を見ることにしよう。 もしかしたら向こう側から近寄ってくるかもしれない。 それからしばらくの間、僕の読んでいた本は一ページも進まなかった。 と、そのとき、また別の人影が近づいてきた。 聞こえてくるのは日本語だ。 しかも女の声だった。 その3人は僕の脇をすり抜けて、ちょうど僕とターゲット(オッパイ)の真ん中あたりに陣取った。 どうやら夏休みを友だち同士で過ごしにきたOLといった感じだ。 3人とも同じようにビキニのパンツの上に肉がはみ出していた。 CMで「わたしはわたしはあーとちょっとの女ーーー」というのがあるが、どうやらこの3人はあと三千里ほどかかる見通しだった。 お母さんに会いにいけるかもしれない。 僕、マルコだよ!お母さ〜ん!! それ以上に印象的だったのが、そのうちの一人がとても大きな鼻の穴をしていたことだった。 もうサブちゃんもびっくりだ。 しかし、そんなことよりも問題は、ますますオッパイが遠くなってしまったということだ。 この3人を横切って金髪女に近寄るのはそれなりの理由がなければ不自然極まりない。 うーん・・・。 そうだ! ここは海なのだ。簡単なことだった。 泳いでいけばいいのだ。 最初思い切り反対側に泳ぎ、今度ターゲットに向かって泳ぎ、「ちょっと泳ぎ過ぎて」しまえばよいのではないか。 僕は意を決して、海に向かった。 最初は左に、そして途中で折り返して右に長く。 しかし、僕はここで思わぬ失敗に気がついた。 折り返したときまではよかったのだが、そこからオッパイまでがやたらと長いのである。 浜にいたときに感じる、数倍はあるような感じだ。 潮の流れに逆らって泳いでいたのである。 息も絶え絶えになりながらクロールを続け、やっと辿り着いたかな、と思ったところは、まだ自分の陣地だった。 少し向こうで、愛川欣也みたいな顔のOLに、なにこの人マジになって泳いでいるのかしら、みたいな顔をされたのがとても悲しかった。 それ以上に悲しかったのが、浜に上がったとき、金髪の男女の姿が消えていたことである。 ***** 神様は、時に人知を越えるいたずらをすることがあるらしい。 読書は一向に進まないままだったが、僕は部屋に戻ってシャワーを浴び、そして夕飯を食べようと思ってレストランに向かった。 僕は案内されたテーブルに座った。 隣のテーブルには金髪の男女がすでに食事を始めていた。 僕と同じようにビーチから部屋に戻ってシャワーを浴び、夕食をとりにきたのだろう。 僕は神様に感謝した。 金髪の女は近くで見ると、完全なババアであった。 見なくて、本当によかった。 そして自分を振り返ってみて思った。 確かに僕はここに少年の心を取り戻しにきたのだが、取り戻したのはどうやらエロガキの行動心理だけなのではないか。 それを思うと少し悲しくなった。 食事の味は、少ししょっぱかった。 僕の涙の味だった。 |