七夕のねがいごと



 
その年の七夕の日。

そのとき僕は中学受験の塾で講師をしていた。

科目は小学6年、国語。

たまたまだったのだろうけども、その日の授業で使った文章問題は七夕にまつわる説明文だった。

: 「はい、みんな、今日は七夕だね。みんなは学校で笹の葉に短冊つけて、何か願いごとした?」

子供の願いごとというのは無邪気なものだ。

プレステ2が欲しい、とか、ラジコンが欲しい、とか、その類の物欲にまつわるものが多いのは仕方ない。

また、将来いい大学に入りたい、とか中学入試に合格しますように、といった自分の将来に対する願いごともいいだろう。

あるいは、超大金持ちになりたい、とかアイドルになりたい、といった非現実的な願いごともある。

ちなみに僕が子供のころにも学校で笹を飾って短冊に願い事をしたのだが、それは

「ガンダムのパイロットになりたい」

という極めて非現実的なものだった。

しかし、やはり子供の願いごとというのは自分の欲望にストレートなものか、あるいは非現実的なものでなくてはならない。

: 「え?なになに? もう一回言ってくれる?」

彼は至極真面目な顔で言った。

生徒の一人(男子): 「碁石を飲み込んで白と黒を交互に吐き出したい

え?

: 「・・・。」

生徒の一人(男子): 「碁石をまとめて飲み込んでから、白と黒を順番に吐き出したいんです。白・白とか黒・黒はダメなんです」

: 「・・・。ふーん。」

バブル後の日本経済は疲弊していた。

少子化、高齢化、年金の問題は近い将来日本を襲う不可避の問題である。

あるいはいまだに根強く残る談合の習慣、国会議員の汚職。

世の中には理解困難なことが多すぎる

他の生徒は凍ったように僕と彼を見比べている。

何のために? とか、碁石は健康に悪いよ、とかそういうコメントはなぜか間違いのような気がした。

それ以前に、彼の人生の中で何かが大きく間違っている気もした。

いったい何が彼にそうさせたのだろう。

いや、今この瞬間の問題はそれではない。

先生としてすべき発言は何だ?

この場合、どういうコメントが適切なのだ?

僕はナノセコンドの速さで考えた。

: 「お好み焼きを食べてからお酒を大量に飲むと、なぜかもんじゃ焼きがでてくるんだよ。」

生徒の一人&生徒全員: 「え?(困惑)」

: 「(えっ?って言われても・・・)」(困惑)

しばしの沈黙があった。

授業を開始しなくては。

授業の導入で失敗したことは明らかだが、だからといって授業をしないわけにはいかない。

: 「ゴホン、じゃあ授業をはじ・・・」

生徒の一人(女子): 「先生、あたしはかっこいい黒人ダンサーになりたいです

: 「・・・。」

彼女はただのダンサーになりたいのではなかった。

黒人のダンサーになりたがっているのだった。



ねえ、先生はどうしたらいいの?

靴ズミでも買ってきたらいいの?

その発言を聞いた別の男子が、

生徒の一人(男子): 「先生、おれ、神になりたい

: 「・・・。」



ねえ、先生はどうしたらいいの?

宗教法人登録でもしてきたらいいの?

さらに、その発言を聞いた別の男子が、

生徒の一人(男子): 「先生、ボク、世界の支配者になりたいんやけど、支配者って何なんですか?

: 「・・・。」

何を言いたいのかよくわからないよ

クラスは、怖いくらいに静まり返っていたが、カオスのまっただ中にあるのは間違いなかった。

ただ、クーラーの音だけがウーンウーンと聞こえていた。

受験まであと半年、という夏の出来事だった。







教訓「願い事、というのは他人には理解されないものだ」





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