スピード狂
今回の主人公も、再び僕のカウンセラー、ジジィである。 ジジィは現在、過去に追突事故にあったのが元で、療養生活を強いられている。 この話は、彼がまだ病院生活に入る前の話である。 その日、ジジィと僕は、とある会合に出席した。例のごとく、日本を紹介するスピーチをしたのである。 このテのスピーチは、あまり得意ではない。 でもジジィがやって楽しいだろ、といわんばかりにたくさん仕事を持ってくるので、やらざるを得ないのだ。 その帰り道、小雨が降る高速道路。 僕らの前を少し無謀なクルマが進入してきた。もう少しで、接触するところだったのだ。 しかし、よく見てみると、向こうはベンツSLモデル。オープン2シーター(ハードトップ)のよく走るモデルである。 いつだったか、売り出された当初はプレミアがつくくらい人気だった車種だ。ワックスがきいたボディが輝いていた。 これくらいのクルマに乗ってるんなら、まあ、仕方ないか。 普通は、そう思うはずだ。 しかし、運転していたジジィは、納得できなかったらしい。 「このワシ(とワシのクルマ)をなめとるんか?!」 実はこのジジィ、かなりの走り屋である。 ギアを一つ落とすと、アクセルを踏み込み、いきなりレッドゾーン。 ジジィ、死にたいのか?! 今度は、ジジィが負けじと無謀な運転で追い越しをかける。 ボンネットのなかでエンジンが悲鳴をあげる。隣に見えるベンツのドライバーも怒りを露わにして、追越しを阻む。 映画によくあるようなカーチェイスをイギリスの片田舎で展開したのであった。 僕「いや、向こうはこっちにケンカしかけた、なんてことはないと思うよ」 なんとかなだめようとしたがムダだった。 ジジィ「いや、ワシ“ら”をバカにしとる。ああいうのは、懲らしめないとイカン」 いや、僕は別に構わないんだけどなぁ。っていうか、向こうは、そんな気は全然ないと思うんだけどなぁ。 ジジィ、アクセルを緩める気配がない。カーブでは、小雨のためにタイヤがキュキュキュと軽くスリップする。 こっちは死ぬ思いだ。 ふと、隣のジジィを見ると、 目が爛々と輝いていた。 それはまるでエモノを見つけた狩人の目だった。 “コロニーレーザー、臨界点に達します” エクスタシーも臨界点だったはずだ。 しかし、勝負は見えていたようなところもある。 見通しのよいストレートに入ったところで、ベンツが一気に勝負をかけた。 さすが300馬力オーバーを誇る世界のメルセデス製エンジン。 そしてグリップ耐性のよいタイヤ。アクセルの伸びがケタ違いだ。 あっというまに、引き離されてしまった。 僕「(ほら、やっぱり勝負にはならないんだよ)」 ジジィ「このクルマもタイヤを換えなくちゃイカンな」 僕は、タイヤだけの問題か? と思ったがあえて口にはしなかった。 それ以前に、隣に、他人を乗せて勝負をかけるか?しかも、ジジィが面倒を見るべき奨学生である。 恐れをしらないジジィであった。 ちなみに、ジジィは当年85歳。 ジジィの愛車は、10年前のフィアット・ハッチバックで、1400ccである。 すでに、15万キロを計上している。ジジィに負けず御老体だったのだ。 やはり恐れをしらないジジィであった。 だから事故にあうねん!! |
教訓「ベンツとハッチバックでは勝負にならない」