たった一人の観客








僕はその日、スノボに行っていた。

友人と別のクルマだったので、帰りに密かに僕は滋賀のとある温泉に行ったのだ。

疲れた脚に温泉は気持ちがいい。

そしてその温泉にはサウナが併設されていた。

今日の話はサウナの中でのことだ。

その日は平日ということもあったし、まだ夕方だったので温泉に来ている客なんて近所のおじいさんばかりだった。

サウナの中に入るともうすでに3人のジイサンがいた。

きっと常連なんだろう、お互いをすでに知っているというしゃべり方だ。

カラダつきはガリガリで、頭のハゲあがった70歳前後のジイサンが汗をぬぐいながら、日本の政治について熱弁を揮っていた。

まるでチベットの山奥で修行しているようなジイサンだ。

黄色い布がよく似合うに違いない。

ここで彼のことは「即身仏」としておこう。

即身仏の話を聞いている二人は、一人が背中に入れ墨のある60歳前後のジイサン。

もう一人は島木譲二くらい太った60歳くらいのジイサンだった。

即身仏「・・・だから日本の首相は森じゃアカンな。いっそ森進一にしたほうがええんちゃうか(笑)?」

カミーユ「・・・!」

クワトロ「カミーユ君、どうした?」

カミーユ「大尉は感じませんか?このザラザラした感覚・・・」

クワトロ「いや、私は何も感じないが・・・?」

カミーユ「ヤツが、ヤツがすぐ近くにいます。来ますよ、大きいのが!


入れ墨おふくろ〜さんよ〜♪(森進一のマネ)」

譲二「ところで今日はマサキのおっちゃん来ぃひんかったな。待合室で3時間待ったんやけど、今日のリハビリには来ぃひんかったワ」

どうやらこの温泉の近所にある病院に通っているらしいのだ。

高年齢の老人が保険で病院を暇つぶしの代わりにしていることはよくあることだ。

いわば寄り合い所になっていることが多い。

即身仏病気にでもなったんちゃうか(笑)?

男「おまえがいなかったらもうオレは生きていけないよ」

女「あ・た・し・も♪」

男「エヘヘ」

女「あたしも世界中でいちば〜ん、大好き!」

男「お・れ・も♪」

女「ウフフ」



ベタベタじゃないか!

熱いサウナの中だというのに僕はいつのまにか冷や汗をかいていた。

ところで、老人というのは一般的にある一つの共通した傾向があるように思える。

確かに意味のある時間を積み重ねていけば含蓄のある言葉も聞くことができよう。

亀の甲より年の功。

これまで言葉を作ってきた膨大な数の無名の人々がことわざに残していることはほぼ正しいのだ。

しかし一方で年の功がもたらす弊害もある。

即身仏「ところで最近の日本の経済、アカンなあ」

リピート機能搭載!


いや、正確には壊れたCDデッキといったほうがいいかもしれない。

譲二「やっぱり首相の政策がアカンなあ。森がアカン」

ミサト「シンジ君、あなたがエヴァに乗らなきゃみんな死んじゃうのよ!」

シンジ「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ・・・」

そのとき碇シンジは襲いくる巨大なプレッシャーと戦っていた。


例え敵が自分よりも強いとわかっていても立ち向かわなくてはいけない、勇気を奮わなくてはならないときがあるのだ。

即身仏「やっぱり森首相がアカンのやな。森進一のほうがまだマシちゃうか(笑)?」

入れ墨「おふくろ〜さんよ〜♪」

母さん、2回目だよ!


そのとき僕は殺気を感じた。

百式はグリプス2の中に入って、ハマーンのキュベレイとシロッコのジ・オの2機を相手にしていた。

シャア「そこかッ!」

ひらめきのような瞬間的な光が脳裏にきらめいたとき、シャアは背後にあるプレッシャーを感じ取っていた。


3人のジイサンが何かを期待するような視線で僕を見ていた。

僕か?今の会話のターゲットは僕なのか?!

「あ、どうも(苦笑)」

僕はただ、微笑んでその場に硬直する以外なかった。

そこがドアの近くなら迷わず逃げていたに違いなかったが、残念ながらドアはその3人のジイサンの向こう側にあった。

3人のジイサンの会話はまだ続く。

入れ墨「最近の若いコはいいねえ。スカート短くって、金髪で。ああいうのをコザルっていうんか?」

狙っているのか?天然か?

それともこのサウナの温度で脳ミソが溶けちゃったのですか?

即身仏「ブワハハハ、コザルじゃねえよ、おめえ、コギャルだよ。コマルなあ(笑)

だからそこでオレを見るんじゃねえ。

即身仏はちらっと僕の反応を見て、さらに言葉を続けた。

譲二「ええよなあ。ケツがプリっとしてて、パイパイも大きくて。コザル、だっけ?オマルに乗せてえなあ(笑)」

パイパイって何?

っていうか、オマルに乗せるって何?

僕はそのときボイラーを見つめていた。

しかし即身仏が横から僕に視線をやって反応を見ているのは間違いなかった。

母さん、もう僕の脳ミソがカニミソになっちゃうよ!

入れ墨「でもアカンわな。ワシらもう年やし。若いボンはええのう〜(笑)」

僕か?もしかして僕を見て言っているのか?

僕はもちろんそれなりに社交性をいうものを持っている。

タクシーに乗れば運転手と他愛もない話はするし、海外の旅先で出会った人がいれば情報交換をしたりもする。

だからサウナの中であろうと会話に参加すること自体はやぶさかではない。

でもあんたたちのはヤダ。

僕の脳裏にはそのとき、嫌な過去がフラッシュバックしていた。

イギリス、マンチェスターにいるジジィは、何度も幼少の頃の自慢話を聞かせるのだ。

老人というのは悪い病気に冒されているものだ。

同じ話を繰り返す、という・・・。

そのとき、新しいジイサンがドアをあけて入ってきた。

きっとこれは神さまが僕にくれた「さあ、時は終われり」という合図なのだろう。

僕はドアを抜けた。

新鮮な空気が肺の中に入ってくる。

しかしそれ以上の爽快感が胸の中にわきあがってくるのを感じていた。



教訓「そういう時間帯のサウナではショーが始まる」




 
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