うちの近所に住む一人の男性





うちの近所に住む一人の男性


僕が以前バイトしていたところでお世話になった一人の男性。

年齢は43歳。

独身。

現在は別のホストクラブに在籍している。

名前はここでは仮にササキさんとしておこう。

僕が生まれる以前からホストをしていたという歴戦の勇者だ。

京都は狭い、とはいえ歩いて10分もかからない距離に住んでいるというのは珍しい。

僕がバイトを辞めるときにも近所に住んでいること、そしてお互いにある程度コンピュータに親しんでいることなどからササキさんは、

「今度ウチのコンピュータの調子、見に来てくれよ」

と言っていた。

僕がバイトを辞めてから数日たったある日のこと。

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ・・・。

携帯電話が僕を起こした。

ね、眠い・・・。

時計を見るとまだ朝の6時。

「・・・ハイ」

ササキ「オハヨウ、なんだ、まだ寝てたのか?」

生理学的にいってこれは一般的な傾向であるというのか。

生物学的にいってこれは確かなことであるというのか。

人類学的にいってこれは正しいことであるというのか。

ジジィの朝は早い。

あんたは何時に起きてるんだ?

その携帯電話の用件というのは、引越しの手伝いだった。

引越しといっても同じマンション、同じフロアで西向きだった部屋から数戸離れた南向きの部屋へ移動するだけなので引越しサービスを頼むほどのこともない。

かといって一人で運びきれないものもある。

「はあ。わかりました。モノを運ぶだけですね?じゃあ何時間かで終わりますね。今日の昼くらいにいきます」

そして、昼過ぎに僕はその部屋へ向かった。

*****

普通、モノを運ぶだけですね?ああ、そうだ。という会話があれば、その部屋には整理されたダンボール、その他すぐに運び出せる状態で用意されているはずだ。

だが。

そこには生活臭あふれる散らかった部屋があった。

「・・・あの、これ整理してないんですか?」

タンスにも中身がぎっしりと詰まっている。

僕は引き出しを全部外し、空になったタンスを引越し先に持っていく。

ササキさんは炊飯器一つを持って引越し先に行く。

僕は冷蔵庫を台車に載せて引越し先の部屋へ持っていく。

ササキさんはクツを2足持って引越し先の部屋へ行く。

僕はコンピュータのディスプレイを抱えて引越し先へ行く。

ササキさんはケーブル類を持って引越し先へ行く。

あんた何考えてるんだ?

非常に強い理不尽を感じていたが小心者の僕は何も言えなかった。

「あの〜、これも持って行くんですよね?」

押し入れの中に入っているダンボールを指さして僕は言った。

ササキ「ああ、頼むよ」

歴史を感じさせるそのダンボールは所々破け、書類らしき中身がはみ出ていた。

慎重に下に下ろしたつもりだったのだが、どうやら失敗したらしい。

裂け目が広がって、中身が散乱してしまった。

き、緊縛!!


年季が入っていると思われる古い写真集がそこには何冊もあった。

SM系ばかりだ。

ササキさんは?!

ふと振り返るとササキさんはキッチンの方で何かしていた。

バレる前になんとかしなければ。

僕はあたりを見回し、押し入れの下の段に扇風機のダンボールがあるのを発見した。

中身を別に運んでこの中に縛られた女性を入れておけばバレないのではないか。

引っ張り出して、フタを開けると、

き、緊縛(パート2)!!

おまえもなのか。

むしろササキさんを縛り首にしたくなった。

僕は多少のめまいを感じながら再びあたりを見回す。

すると、そこにゴミ箱と化しているおおきな古いボストンバックがあるのを発見した。

捨てるつもりなのだろう。

仕方なく、とりあえずそれに散らばったSM系写真集を詰め込むと、僕はそしらぬ顔で扇風機の箱を運び出した。

*****

しばらくして。

ササキ「これでほとんど運べたかな?」

「はあ、まあ細かいモノを除けば」

ササキ「じゃあ、あとはそこのゴミを捨ててもらったら終わりにしよう。下まで運んでくれ」

指し示されたのは例の古くて大きいボストンバック。

「え?マジですか?」

まだ中身は入っていた。

あなたの大切なコレクション、捨ててしまっていいのですか?

「あの、これ、ゴミですよね(動揺)・・・?」

ササキ「1階の左がわにゴミ捨て場あるから」

仕方なく僕はそれを手にとって、部屋を出た。

あ、そうだ!

僕はエレベーターには向かわず、新しい転居先の部屋へ向かった。

気付かれない間にコトを済まさなくちゃいけない。

僕は適当な配置場所を探した。

ガチャ。

遠くで部屋のドアが開く音がした。

ササキさんがこっちの部屋にくるのだ。

どうする?どうする?

一番手近にあったのは、さきほど運んだばかりの冷蔵庫だった。

中身は空で、ドアはガムテープで止めてある。

僕はその中に写真集を放り込み、再びガムテープで止めた。

ササキ「ん?どうした?」

「いえ、どうしたも何も・・・」

僕はなぜここにいる?

ササキ「そうだ、こっちのゴミ袋も持っていってくれ」

「はい、それそれ(笑)!」

僕がダッシュで1階に行き再び6階に戻ったとき、ササキさんはベランダでタバコを吸っていた。

おれが働いてるのにあんたは何してる?

しかしこのときがチャンスだった。

冷蔵庫を開けた。

・・・。

中身はカラッポだった。

こうして僕とササキさんは無言のまま一つの秘密を共有した。




教訓「そういうのは先に自分で何とかしとけ」




 
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