ジジィとの時間
〜一日目〜



以前のページでも書いたように、僕は現在マンチェスターでの奨学金生活において、一人のジジィに厄介になっている。彼が僕の個人的カウンセラー、相談役、後見人として僕の面倒を見てくれている(ハズ)なのだ。

しかし、ジジィは現在、脳腫瘍交通事故の後遺症糖尿病という三重苦をわずらっており、病院で療養生活をしている。

本来ならこういうページは作るべきではないのかもしれないが、死んでしまったらそれこそ日の目を見なくなるし、ある意味、かつてのこういうジジィに戻って欲しいという願いも込めて、アップする次第である。

僕はその当時、授業関係の論文に追われて毎日図書館に通う生活だった。一つの学期に授業は5つ入っており、それぞれが最低一つの論文を課題とするのである。これがその授業の評点をつけることになる。

日本語ならまだしも英語で論文を書くというのは慣れない者にとっては、厳しいことであり、僕は必死になってそれをこなしていた。なにより、その論文の締めきりは同じ時期に重なっていたのだ。

しかし、ジジィはそんなことはおかまいなしに、「週末はウチに来い。そして日本のことを紹介するのだ」という。

おまえ、以前にも日本からの奨学生を預かってて、

日本のことめっちゃ詳しいやんけ!!

とのどまででかかったが、争いごとを好まない性格のため、いつも僕が折れるのであった。

以下、僕がジジィの家に連れていかれた日の動きをドキュメントで綴ってみたい。



ジジィの家に行く日は、たいてい土曜日の午前中に10年もののハッチバックが迎えにくる。しかも、予定時刻よりも必ず20分は早い。

僕が時間通りに下におりると玄関口でジジィはふくれた顔をしている。「あまりワシを待たすな」

そのたびに「ジジィ、残り少ない人生をそう急ぐな」と切り返したいところなのだが、心のなかで叫ぶだけである。


土曜日は道路が空いているため、フィアットのハッチバックは、そのスペック以上の働きを強いられる。

途中、割り込んできたクルマに追い込みをかけるのはいつものことだ。そのたびに「なんだコイツの運転は?! まったくもって非常識だ!」と愚痴るのだが、ジジィ、おまえの運転のほうが非常識だと思う。


昼ごろにつくと、まず食事だ。多分これが正当なイギリススタイルなのだろう。ローストビーフとパン、ジャガイモ、ニンジン、ベイクトビーンズである。塩とコショウを自分で味付けするのだ。

食事のあとは、実は何もすることがない。ジジィはとりあえずその日の新聞のクロスワードパズルをやる。僕は目の前で勉強を始めることなんてできないから、リビングでジジィがパズルを解く横でテレビを見る。そして数時間そのままだ。

そのあいだに皿洗いを終えたバアサンがリビングでクロスワードパズルに熱中し始める。ジジィは立ちあがって、キッチンに行き、クッキーを持ってくる。おい、さっきお昼食べたばっかりだろう。

そのまま時は経過する。僕はテレビを見るだけだ。ほとんど会話はない。このとき僕は、ああ、論文の締めきりが迫ってるのに、ここで見たくもないテレビ見てていいんだろうか、と自問しているのだ。


バアサンはいつのまにかソファで居眠りしている。そのまま永眠してしまうのではないか、という勢いだ。

2〜3の番組を見終わるころにはだいたい夕方になる。いつのまにかむっくり起き上がったバアサンがキッチンに向かう。


ジジィはまだ同じクロスワードパズルが解けずにいるらしい。ちなみにレベルは、というと読売新聞日曜版についているアレと同じである。それくらい10分で解けよ、といいたい。

そうやって半日をほとんど“暇つぶし”によって失うのだが、夕飯は豪勢だ。フィッシュ&チップスである。白身魚のフライとフライドポテト。脂っこい組み合わせだ。

僕は医者ではない。それどころか理系ではなく完全に文系人間である。でも、なんでジジィが糖尿病なのか、その理由がわかった気がする。

僕はほんとは辞退したいくらいなのだが、こういうとき、「おれ、食わない」なんて言えるはずもなくとりあえず詰め込むのである。これが言えるくらいなら初めから来ない。

食事中、ワインが出される。これも苦手な部類だが、飲まざるを得ない。そしてまた、ジジィの糖尿病の理由が一つわかったのである。

食事のあとは再びジジィは新聞のクロスワードに戻り、僕はテレビを見る。その日、テレビではミステリーをやっていた。日本でいえば「火曜サスペンス劇場」「土曜ワイド劇場」といった類のものだ。

ジジィはこれに出てきた俳優にひとことあったらしく、見ている途中で熱弁を奮いだす。「この俳優は昔、アメリカで〜っていう映画に出ててなあ」「アメリカといえば、最近の経済の好景気は…」

話が統一されていない!

挙句には「でなあ、実はこの番組、犯人は〜なんだよ」ジジィ、見てる人に犯人教えるなよ。

そのときジジィは「教えてもらってうれしいか?」といわんばかりの得意顔をするのだが、迷惑以外の何ものでもない。結局、“暇つぶし”のテレビ観賞ですら、無意味な時間になってしまうのだ。

そして再びジジィはキッチンからクッキーを持ってきてムシャムシャと食べ始める。夜の10時過ぎである。ベルトから“もれている”その肉はそうやって蓄積されたものに違いない。

バァサンは再びソファで居眠りしている。一体一日に何時間寝ているのだろう。そのまま永眠してしまわないのだろうか。


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