何かが違う二人の客



 

僕はお笑い芸人をこよなく愛する人間だと自負している。

笑いというのが一体どういうメカニズムで生じるかは科学的には証明され得ないのだろうが、芸人さんはそこを経験と勘、センスで創造していくのである。

ところで漫才やコントをコンビでする芸人は、ボケとツッコミに分かれることがほとんどである。

ボケを担当する芸人は、一見すると相当なおバカさんに見えるが、実はそうではない。

科学的に創造できない笑いを想像力で創造するのは、極めて高度な知的ゲームといっても過言ではあるまい。

ビートたけし、松本人志、西川きよしなど実は相当に知性的であるというのは珍しいことではない。

僕はそういった芸人さん、特に見事なボケっぷりを見せるセンスには感服するし、敬愛してやまない。

そして同時に自分自身もそういった見事なボケっぷりを見せる人との会話は一種高度な知的ゲームとして楽しむ人間でありたいと考えるのだ。

僕が考えるに、笑いが起きる瞬間の一つには「予想を裏切る」ことがあろう。

普通の人ならこういうふうなセリフ言うよな〜、という場面でまったく違う返答をする。

さっきは同じ場面でこんなボケのセリフ言ったから今回は違うボケだろうな〜、という場面で前回と同じボケのセリフを言う。

漫才が高度な知的ゲームであるというのはまさにこの点で、会話の相手側に立つツッコミの人間は、さらにボケ役の上を超える想像力を持って会話をまとめていかなくてはならないのである。

僕はそのとき、戦慄を覚えていた。

とあるバーでアルバイトをしていたときの話である。

そこは由緒ある花街の一角。お客さんもライオンズクラブ、ロータリークラブに名を連ねる名士ばかりだ。

*****

その日、お客さんは一組の、二人の男性だけだった。

カウンターをはさんだ僕の向こうでウィスキーの水割りを飲んでいた初老の男性は、若干若いと見えるもう一人の男性に向かって、

A氏: 「キミィ、やっぱり自分をどんどん出していかなあかんで?」

B氏: 「はぁ」

話を耳にする限りではどうやら、とある地元企業の社長と有力幹部であった。

A氏: 「自分の殻に閉じこもっていたら下のモンも追いてこられへん」

B氏: 「(苦笑)」

A氏: 「自分を飾って上手くいくのは最初だけや。後になったら必ず、すべてをさらけだした自分で勝負していかなあかんようになる」

B氏: 「私はまだ自分をキレイに見せようとしてますか・・・」

A氏: 「思ったことは素直に言うべきやな。その姿勢はウチの社全部にあるべきなんや。そうでなかったら今のウチの会社はあらへん。続きもせえへん。」

A氏は空になったグラスを差し出した。お代わりだ。もうこれで何杯目だろうか。

両氏ともにかなり酔っているということは瞭然であった。

A氏は豪快な性格なのだろう、ガハガハ、と笑いながら時折B氏の肩や背中をバンバン叩いていた。

僕が注文どおりの濃い目の水割りを作っているあいだ、A氏はトイレに立った。

そのときまでは確かにこのバーは格調ある花街の空気を保っていたように思う。

A氏がトイレから戻ってきたとき。

A氏は上機嫌にガハガハと笑い、再び豪快にB氏の肩を叩こうとした。

が。

酔っていたためか足元がふらつき、B氏の後頭部に熊のような手をかすめてしまったのである。

ん?!

一瞬、そのパワーゆえにB氏の頭頂部の皮膚がめくれあがってしまったのかと思い、驚愕した。

しかし、血が流れ出ているわけでもなく、本人もいたって普通であった。

僕の視線を感じてからだった。

酔った赤ら顔で少し困った顔をしながら、A氏を見て、

B氏: 「私は明日から自分をさらけだしていきます、私はカツラです!」

そういって、半端にめくれあがっていた頭頂部のカツラをはぎとった。

見事なザビエル頭がそこにあった。

きっと、そこに二人しか客がいないことをわかっていたのだろう。

目を見開いていたA氏は次ににこやかな顔になり、

A氏: 「そうかそうか!やってくれるか!キミには期待してるからな!それじゃ・・・」

A氏はおもむろにこめかみ部分に手をやると、これもまた豪快に頭皮をひっぱがした。

いや、それはカツラであった。

見事な禿頭であった。

僕は心の中で、

自分をさらけ出すって、そういうことなのですか?

てか、二人そろってヅラをテーブルに置いて飲むって何!!

と思っていたのだが、口に出すのは許されないことであった。

それに何より、予想をはるかに超えた展開にハラワタがちぎれそうになっていたのだった。

それを表情に出さないようにするので精一杯だったのである。

その後、さらに勢いを増した両氏はボトル一本を開けるほどに飲み、閉店時にはほぼ前後不覚になっていた。

両氏がタクシーに乗って帰ったあと。

後片付けをしようとした瞬間に、カウンターのイスの下に、所在なさげに置かれた2つのカツラを発見した。

あ・・・。

二人とも明日から自分をさらけだす、っていってたしなあ・・・。

でもカツラって高いらしいし・・・。

後日、予備のカツラをつけたB氏が取りにきたという話をきいた。

やはり自分をさらけ出す、の意味の間違いに気付いたに違いない。





教訓「予想外のことは起きるべくして起きる」





英国居酒屋
お遊びページ
僕が出会った奇妙な人々