友人の手かざし



 


A君: 「じゃあ明日、京都駅のホテルのロビーで」

A君はそう言って電話を切った。

彼と電話をしている間にも、腹の中に住む悪魔は激しく暴れていた。

数日前のあのラーメンが原因なのだろうか・・・。

確かに少し酸味をきつく感じてはいた。

虎●のジジィ、保健局に電話して営業停止させてやる

今朝、僕は腹の痛みで目が覚めたのだった。

腹の中にエイリアンの卵があって、今にもそれが生まれそうになっている。

半分本気でそう思えてしまうほどの痛みだ。

時折り襲ってくる急激な痛みは息すら止まる。

明らかに食中毒だった。

これと同じレベルの食中毒は実はシンガポールの屋台村に行った翌日にもかかっていた。

こういうときは少々荒療治ではあるが、一通り消化器官を洗浄するのがよいのだと思う。

すなわち、ミネラルウォーターのペットボトルを抱えてトイレにひきこもるのだ。

だいたい1分もしないうちに上から下に水が流れる。

こうして毒素を洗い流して最後に正露丸でも飲めば次の日にはある程度快復する。

A君から電話があったのはそんな時だったので、実は尻にトイレットペーパーをはさんで受話器を取ったのだった。

A君は実はそれほどの友人ではなかった。

どこからかこのホームページを発見し、読んでいるうちに僕が僕であることに気付いたのだろう。

彼がくれたメールが発端だった。

「今度京都に行く用事があるから、そのときに会おうよ」

特にそれほど仲が悪かったわけではないが、特に良かったわけでもないので、多少不思議に思ったのは確かだった。

*****

A君: 「やあ、久しぶり!」

中学時代の彼はもうちょっと控えめな雰囲気があったが、久しぶりに見る彼はまるで昭和50年代の森田健作のようにわざとらしい明るさを備えていた。

A君: 「今は何してんの?」

: 「大学に残って勉強してるフリしてるよ(笑)。Aは何やってんの?大学はどこ行ったんだっけ?W大だっけ?」

A君: 「いや、ちょっとワケあって辞めちゃったんだ。今は仕事してるよ」

: 「ふーん」

その後30分くらい雑談をした後だろうか、

A君: 「なんか困ってること、ない?」

: 「困ってること?」

彼女のこと?

大学の勉強のこと?

バイト先のガキどものこと?

糞の始末をしない近所の犬の飼い主のこと?

駐車場の前に路上駐車してるクルマのこと?

・・・。

死ぬほどあるんですけど。

: 「まあ、あるけど・・・?」

A君: 「それはきっと前世の業(ごう)のせいなんだよ!

: 「・・・。」

なるほど。

勤め先を明かさない理由とか、そんなに仲が良かったわけでもないのに会うことになった理由とか、釈然としなかった部分の謎が一発でわかった。

普段ならば席を一蹴して立ち上がるところなのだが、その日はヒマだった。

: 「そうなんだ・・・。じゃあどうすればいい?」

真剣な顔で食いついてみた。

A君: 「まずは魂を洗浄しないとダメなんだよ!!」

彼は食いついてきた。

実は昨日、腸は洗浄したんだけどね・・・、とか、僕の魂は汚れてるのか・・・? とか心の中で思いつつ、

: 「どうするの?」

A君: 「じゃあ目を閉じて、手を合わせてみて」

言われたとおりにすると、彼は僕の頭に手をかざし、

A君: 「絶対何か感じるはずだから」

そして口の中で何かを唱え始めたのだった。

数分はそうしていただろうか、

A君: 「どう?」

彼は僕の魂を浄化しようとしていたはずだが、

: 「・・・。」

何か、少しウンコしたくなりました。

あるいは彼はもしや体内の毒素を活性化させているのではないだろうか。

A君はまたさらに手をかざし、口の中で何かを唱え始めた。

: 「・・・。」

間違いない。

彼は明らかに僕の食中毒を悪化させている。

治まっていたはずの腹痛が、エイリアンが目覚め始めた。

A君: 「どう?」

: 「うん、もう最高に魂が浄化されたよ、それじゃ!」

胃から小腸にかけてキリキリとした痛みが膨れ始めていた。

次の瞬間には昨日と同じ、息が止まる痛みがそこにあった。

こうなると自分の括約筋が信用できない。

大人になってからの「大」のおもらしはその後の人生をダメにするには充分な破壊力を持っている。

ここは早めにトイレにこもる必要があろう。

A君: 「ちょっと待ってよ、今日これからセミナーがあって、人生のためになる話が聞けるんだ」

: 「わかった。じゃあそのセミナーには出席するから、ちょっとトイレ」

A君: 「そういって逃げるんだ?」

彼は僕の服の袖をつかんでそう言った。

いまのキミ自身が僕の人生を破壊しようとしてるんですが。

小腸から大腸にかけての痛みも膨れ上がり、もはや一刻の猶予も許されない状況だった。

: 「神は死んだんだ」

キリキリとした痛みのせいで、もう自分でも何を言ってるのかわからない。

A君: 「?」

: 「我々が神を殺したのだ─お前たちと俺が!我々はみんな神の殺害者だ。だが、どうしてそんなことができたんだ?地球を太陽から切り離すようなことをどうしてやってしまったんだ?我々はどっちへ動いているんだ?我々は無限の虚無の中をさ迷って行くんじゃないか?寒くなってきたんじゃないのか?絶えず夜が、ますます暗い夜がやって来るのではないか?真昼間から提灯をつけなければならないのではないか?」

そうなのか?>おれ

自分でも何を言ってるのかわからないが、どうやら真昼間から提灯をつけなければならないらしい。

A君が呆気にとられている隙に僕はコーヒー代を置いて、客のいない喫茶店を後にした。

ホテルのトイレが近いはずだ。

妙に内股になって前かがみになって歩く姿は、知り合いには見られたくない。

あった。

ホテルのトイレはこっちだ。




A君の信じる宗教の神は悪魔だったのだろうか。

それとも僕らは本当に神を殺したのだろうか。




トイレには、「清掃中」の札が立っていた。




教訓「神は死んだのかもしれない」





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