この想い届くかな…

〜ラブレター


 

ラブレターは夜に書くものではない。

気持ちが暴走している状態で書かれた手紙というのは、その時点でとても筆がのっている!と思われても次の日の朝になれば、赤面間違いなしであろう。

特に、ナルシスト気分で“ああ、ジュリエットよ”などという悲劇の主人公が入っていた夜には最悪の文章が出来あがる。

もしそれを次の日、寝ぼけまなこでコーンフレークなんぞを食べながら読んでいたら、恥ずかしさで食欲が減退するはずだ。


みんなも、好きな女のコに出す手紙は朝、もしくはせめてお昼時に書こう。

ナオヤ君ははじめてのラブレターに好きだという気持ちをこれでもか、というくらいしたためていた。

僕とシンジ君も応援してあげたいと思って、一生懸命心を揺さぶるような文章を考えた。

そしてできあがったのが、前述のような文面だった。

ただ、ひとつ大事なことは、僕とシンジはあくまで「ラブレターらしいラブレター」を完成させることに夢中になっていたのであって、ゴリのために書いていたワケではない、ということだ。

つまり、対象をゴリと思ってたらあんなに夢中にはならなかった。

便箋3枚にも及ぶ大作を完成させたのは夜10時くらいだったか。

「ちゃんと名前書いたか?」

名前を書かずにラブレターを書き、返事がない、というオチがつくのはマンガでは常套手段だ。

ナオヤ「ああ、もちろん書いたよ、ほら」

そこには、

by ○○ナオヤとその仲間たち

と書かれていた。

大馬鹿野郎!

なんでグループぐるみでゴリを好きにならなくちゃいけないんだ。

っていうか、その仲間たちってなんだよ、おれらは付属物か? 「森のゆかいな仲間」のシャレか?

小学生はボールペンではなく鉛筆を常用することが幸いして、消しゴムで消すことができた。

「なあ、いいか、この手紙はな、ふざけて作ったヤツじゃないんだ」

内容はかなりふざけている。

「おまえのあふれる愛情だけがはいってるハズの手紙なんだ。おれたちの名前はいれるべきじゃない。」

正直、いれてほしくはなかった。

さて、手紙を完成させ、興奮覚めやらぬ僕らは早速次の行動にでた。つまり、投函しに行ったのだ。

幸い、ゴリの家は自転車で10分くらいの距離にあった。この時間でも行けない距離ではない。そのゴリの家までの道のりで、ナオヤ君はドキドキしていた。

ナオヤ「こんな手紙で大丈夫かな。うまくいくかな。」

あんな手紙で大丈夫なワケがない。うまくいくハズがない。

シンジ「大丈夫だよ、きっとうまくいくって」

そんな会話をしているうちに家までついてしまった。

ナオヤ君は、それをポストに投函したあと、小さくかしわ手を打ち、それに向かって両手を合わせて拝んでいた。ヤツは

ポストを何と間違えていたのだろう

僕らが帰ろうとすると、シンジ君があるものに気がついた。

シンジ「あれ…」

指差された先にあったのは、洗濯物だった。植え込みの向こうにたしかに物干サオに吊るされた何枚かの洗濯物が見えた。

こんな時間にわざと干していたのか、それとも取り込み忘れたのかはわからない。

でも日中だと人に見られる可能性があったから、わざと夜に干していたのかもしれない。

ナオヤ君がそれに見入っていた。その視線の先には、明らかにゴリのものと思えるパンツが数枚ならんでいた。

好きなコのパンツ

ナオヤよ。

気持ちはわからなくもない。しかし、重要なのは殻じゃなくて黄身ではないのか? それに一言いわせてもらえれば、普通、女のコのパンツってのは、もっとかわいらしいものじゃないのか? 

そんな座布団みたいにでかいパンツはもはやおまえの父親のグンゼブリーフと大差ないのではないか? っていうか間違いなくスリムなおまえのパンツよりかはでかいぞ。

「おい、いくぞ」

こんなところでこんな時間にざわざわしていたら間違いなく痴漢扱いだ。しかし、ナオヤの目には完全にストーカーが入っていた。

ナオヤ「おまえら、先に帰れよ。あとから帰るし」

おまえは何するつもりやねん?!

このままヤツを置いておいたら危険なことになるのはわかりきったことだった。何より、ポストに入ったブツにはヤツの名前が書いてあるのだ。

怪しい手紙が舞い込んだその夜、数枚の下着がなくなった、となれば犯人は一人しかいないだろう。金田一少年の手など借りずとも、誰にでもわかる推理だ。

「いいから、帰るんだよ」

無理やり自転車をひっぱって、せかし、ようやく帰途についた。

その日の晩は、初めてのラブレター作成、ちょっとした冒険が重なって、興奮状態が続き、深夜遅くまでしゃべっていたのはしっかりと覚えている。

次の日の朝は、当然昼起きだった。すでに興奮は冷めている。どうやら最初に目がさめたのは僕だったらしい。

部屋のなかは、昨夜の興奮状態を示すかのように、モノが散乱していた。足の踏み場がないほどCDの歌詞カードやら、ノートの切れ端やら、マンガが散らばっていた。しかたがない。せめてドアまでのルートは確保しないとな…。

そして僕は散らばったものを片付けはじめたのだが、そのとき目にしたのは、最終案として書かれた下書きメモだった。それには、

「愛するレイコさま」

I love Reiko, forever

「キミのためなら死ねる」

「ロマンチックがとまらない」

「いつもレイコちゃんと一緒にいるジュンコちゃんにジェラシー」

「市営グラウンド10周が目標」

「本は週に3冊読むことにする」

などと書かれていた。最後の二つが誰の手のものによるかは、説明不要だろう(笑)。

僕はそれを見て血の気が引いた。あたりまえである。もはや昨晩の興奮状態ではなく、ロマンチストは抜けきっていたのだから。

とりあえず、これをナオヤ本人に見せたらショックを受けることは間違いない。外部の人間である僕ですら一種恐怖を覚えたのだ。恋にマジメな彼が見たら、オロオロするに決まっている。いまのところ、彼のなかでは、「いい友人二人のおかげでとてもいいラブレターが書けた」ということになっているのだ。

こんなゴミのような手紙を書いたとは夢にも思っちゃいない。

とりあえずそのときは、目に写るすべての下書きをその場でゴミ箱行きにして、ナオヤの目からは遠ざけたのであるが、それは一時しのぎにすぎない。

なぜなら、最高傑作と僕らが自負したオリジナルがゴリの手に渡っているのだから。確かにある意味最高傑作ではあろう。

あれ以上すごいラブレターは書けそうにはない。そしていまごろ、朝の新聞とともに彼女の手に渡り、そしてコーンフレークとともに読まれているはずだった。

その日の晩、さっそくゴリから電話があったそうだ。

今度ふざけたマネしたら、家に火をつける、と脅されたということだった。

彼の恋は罵倒とともに、見事に散った。しかし腑に落ちないのは、主犯格が僕になっていたことだった。なぜだろうか。


 


教訓「相手をよく選べ」


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