危険な女
あれは小学校のころの話だ。 中学受験用の塾に通っていたのだが、そこに、「T杉M香」という強力な女のコがいた。 あれは常識を超えた存在だった。 まず、授業中に屁をひるのだ。 それも、「すかし」とかいう生易しいもんじゃない。 「ぶぶぶぶぶ」 と、地の底から何か悪い生物が這い出てくるような、そういう音だ。 そして普段なに食ってんだか想像もつかないような臭いがそこらじゅうにたちこめるのだ。 授業は一旦停止せざるを得ない。 毒性の強いガスによって呼吸が困難になるからだった。 さらに、彼女は太っていた。 これはまだいい。 別に太っていたこと自体は何をいわれることでもない。 しかし、プロレスでいうヒップアタック、もしくはボディアタックに相当するような攻撃を無差別にかましてくるのだ。 塾の廊下、もしくは教室内ですれ違おうものなら、必ず「ぼぉ〜ん」といって、でかいハラをもって突進してくるのだった。 高校に入って、運動エネルギーが質量に関わっていることを学んだのだが、そのときに一番に思い出したのはこの攻撃だった。 たしかにその衝撃は大きかったのだ。 彼女の傍若無人ぶりはそれに留まらなかった。 何より問題だったのは太くて醜いボンレスハムのようなふとももをしていたくせに、ミニスカートを履いていたことだった。 小学6年生にもなれば、多少そこらへんはエチケットとしてもしくは羞恥心として忌避すべきところなのではないだろうか。 「見ないでよ、エッチ」 おそらくふざけてのセリフだとは思うが、小学生であったにも関わらず、僕に殺意がわいたのは確かであった。 「そんな毒物、見せんな!」と僕は心のなかで叫んでいたのだった。 当時の小学6年生だって、『毛糸のパンツ』なんぞ履いてないはずだ。 おまえだけだ。 そんなもの見たくもないのだ。 彼女の攻撃力は、時を追うごとに増していった。 おのれはドラゴンボールの孫悟空か!? 屁の音&臭いは確実にパワーアップしていき、体重も増えていった。 当然、男子から嫌われ、いじめの対象になった。(堂々と渡りあっていたから、一方的な『いじめ』ではなかったが) 与えられた名称は「でぶ杉」「太り杉」「臭杉」… 小学生用の塾とはいえ、さすが大手だ。6クラスほどあり、一学年で200人以上は通っていた。 彼女は全員に名前を覚えられ、そして畏怖の対象となっていった。 その有様はまるで新興の宗教だった。 ただ違う点があったとすれば、弟子が一人もいなかった点だ。 しかし毒ガスを撒き散らす太った危険人物であったことは同じかもしれない。 なんにせよ、『男子グループvs彼女』の戦いは、受験直前まで繰り広げられたのだった。 高校に入ってからのことだ。事情があって、彼女が行った私立の女子校に遊びにいくことになった。 もちろん彼女を見に行くことが目的だったわけではさらさらない。 うちの文化祭で友達になった女のコがそこの女子校だったのだ。 当然話は「T杉M香」に行き着く。 で、あいつはこの学校でどんなカンジなの? へ? T杉さん?(笑い出す) なんで笑ってんの? …あのコ、いつもなんか臭いの。重低音だし(笑) |
教訓「危険人物は野放しにしておいたらパワーアップするだけだ」