日本の景気




今日、この学生マンションの駐車場契約をするために一階にある喫茶店に行った。

ちょうど管理会社の人が巡回に来るというので、わざわざ会社に出向かなくてもいい、と言われたのだ。

たしかに新規NTTの契約、携帯電話の契約、帰国のあいさつまわりなどすることはたくさんあって、1分もムダにはできない状態だったので、それはありがたい話だった。

とにかく、部屋のなかも片付けがすんでいないので、何をするにも時間が惜しいのだ。

契約書に2ヶ所、名前を書き、ハンコをついて、保証金の二万円を渡せばそれですむ用事である。

どれだけ時間がかかっても5分もあれば済むハズだった。

しかし、どうやらこのおじさん(そのまんま東似)はヒマだったようだ。

それが災いした。

「じゃあ、これでOKです。今日から駐車場を使って頂いてもよろしいですよ」

「はぁ、ありがとうございました」

ここまでは完全にビジネスライクな会話だけが淡々とすすんでいたので、所要時間は5分もなかっただろう。

極めて合理的かつアメリカンなビジネスのやり方だ。目の前にあるアイスコーヒーを一気に流し込み、そしてどことなく『そのまんま東』に似た彼も暑かったためかほとんど飲み終えている。

よし、これで部屋に帰って学校に行く用意だ。

そう思って、立ち上がろうとした瞬間のことである。

トーレス「艦長、敵、第二波、来ます!!」

艦長「なに?! 索敵班何をしていたッ?!」


そのまんま東はアイスコーヒーをおかわりしていた。

(うぅ…、帰れない)

百式とそのパイロットはヒッコリーから宇宙に戻ったが、Mk2とそのパイロットは敵の攻撃によって宇宙には帰れなかった。

それと同じだ。

トーレス「艦長、敵機数、さっきの倍は来ます!」

艦長「なに?! 索敵班なにをしていた?! 弾幕うすいぞ!」

そのまんま東が注文したのはラージの『冷コー』であった。

「で、イギリスにいってたんやってな? 向こうは好景気みたいでええね。日本の景気はもう冷え切ってもうてあかんわ。 今日くらいあつくなってくれたらええんやけどね?

(はうッ、ここは笑うところか?)

その目は明らかに「笑い」を期待していた。

「ははは。そうみたいですねえ。イギリスとかヨーロッパは統一市場とか統一貨幣とかで賑わってるみたいですね。 

そういうのってビジネスチャンスにも恵まれるし、いらない規制がなくなればそれだけ企業はやりやすくなりますからね。 

でも僕は向こうでビジネスしてたわけじゃないし、あんまりメリットはなかったですけどね」

「それにしても大学院なんてすごいねえ。 将来は総理大臣?

なんでやねん。 大学院出たらみんな総理大臣か?

「いえいえ、そんな。 どこかの会社に就職するくらいですよ。 大学院でたからって、そんな、総理大臣なんて…」

トーレス「艦長、高熱源体が急速接近します! 核? いえ、それに近いくらいのエネルギー体です!! 避けられません!!」

艦長「索敵班、何をしていた!? なんだ、このザラザラした感覚? デカイのが来るッ?!」

そりゃそのソーリ(とおり?)ですな」
 
まわりに客がいなかったのが幸いであった。もしいたならば、島流し級の犯罪に対して咎める必要があった。
 
(それを言いたいだけのために話をふったのか? おれの話なんてどうでもいいんじゃん)

完全に敵のペースにはまっていた。

ここは、『忙しい』ということを前面にだして、それとなく悟ってもらおう。

「いえね、今日もこれからNTT行ったり郵便局行ったり学校行ったりバイト先にあいさつしにいったり、…引越しって面倒ですよね。 もう忙しくて

「ワタシなんかが学生やってたときも、そりゃあ毎日忙しかったですよ」

なんという強引なマイペース(笑)。 

誰もアンタの思い出話が聞きたくて『忙しい』という言葉を出したのではない。

そしてその後、数分に渡って彼の学生時代の苦労話を聞くハメになってしまった。

しかし、そのあいだ僕は適当に相槌をうつだけであった。 

彼の一本欠けた前歯が気になってしかたなかったのである。

「うどん、そのスキマから出し入れできますか?」

と聞くのは明らかに失礼にあたる行為であろう。

しかももし「やってみせましょか?」という運びになったら大変である。

しかし彼の場合はその可能性も多からずあった。

「…で、いまのワタシがあるのだよ」

「すごいエキサイティングな人生でしたね…」

艦長「よし、敵の第二波が過ぎたときを見計らって、戦線を離脱する」

トーレス「ラジャー!! 敵の攻撃、止みました!! …いえ、続けて来ます!」

艦長「なに?! 索敵班なにをしていた?!」


「で、イギリスとかヨーロッパの景気はええんやろか。 日本の景気はいまは冷え切ってるからねえ」

リピート機能搭載!!

「え? イギリスの景気ですか?」

これ以上、なにを知りたいというのだろうか。 

っていうか、さっき何を聞いていたのだろうか。

「いや〜、 僕、難しいことはわかんないですよ」

相手をするのがちょっと面倒になった(笑)。

「でも大学院にいってるんやろ? 偉い学者さんになって、日本の経済を建て直してちょうだいよ」

会話って、言葉のキャッチボールだろ? 

自分のいいたいことだけをいうんじゃなくて、他人の話もちゃんと聞けよ。 僕は学者にはならないってさっき言った!!

「そうですね。 ちゃんと勉強して学者になりますよ」
でも、もうどうでもよくなった(笑)。

助けの船は彼の携帯だった。どうやら呼び出しを受けたらしい。

「そしたらワタシ、もう行きますわ。 そしたら、駐車場の件、どうもありがとうございました」

その言葉が聞けたのは、契約書にハンコを押してから一時間たってあとのことであった。

次回からは直接会うのではなく、契約書を書き留めで郵送するほうが早いかもしれない。
 
教訓「仕事をサボる口実に客をつかうな」


 
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