その年の夏も京都は非常に暑かった。 当時の僕のバイトはホストクラブ。 店内には空調が効いているとはいえ、当然出勤するときは暑い外気の中歩くことになる。 加えて、半ソデのワイシャツが許されるわけでもなく、ジャケットなしというわけにもいかない。 せっかくシャワーを浴びても陽炎がゆらめくようなアスファルトの道路を数分も歩けば汗だくになるのは仕方のないことだ。 僕「おはようございまーす」 その日も上着とネクタイを抱えて出勤すると、珍しくすでに先輩ホストのN氏(28歳・ちょっとジャニーズ系)がいた。 ロッカールームは狭いのだが、ここにしかカガミがないので、みんな一度はここに手荷物を置いて髪をセットしたりする。 4人も入れば身動きがとれないようなそんな狭いロッカールーム。 どうやら物置きを少し改造しただけのシロモノなのだ。 数分の違いなのだろう、N氏の背中もワキの下も汗でびっしょりだ。 僕が自分のロッカーのドアを開けた瞬間のことだった。 激しいめまいが僕を襲った。 そして続いてやってくる悪臭。 毒ガス? サリン級・・・? いやVXガス級かッ!? VXガス。神経に作用し、呼吸障害などを起こす無色無臭のガス。 毒性は同じ神経ガスのサリンの数百倍とされ、十ミリグラムが皮膚に付着すれば、成人が死亡する。 一瞬、何が何だかさっぱりわからなかったのだが、それはどうやらN氏のカラダから発散されるワキガのニオイだった。 先輩ホストである。 一応かなりの売上をほこるホストである。 そして上下関係の厳しい世界だ。 ここで三途の川を渡るのはガマンしなくてはいけない。 僕「おはようございます。今日も暑いですね・・・」 N氏「そうやなあ、シャワー浴びてきても意味ないなあ」 それに続いて、N氏は香水を取り出した。 シュパ、シュパ、シュパ これで多少は息がラクになるかな・・・ シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ・・・ もうそれくらいでいいだろ? シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパ・・・ 香水には決して消臭効果はない。 ただ、より強い香りで他のニオイをかき消すだけのシロモノだ。 下水設備がほとんど整っていなかった中世ヨーロッパでは、衛生環境が最悪で、そのニオイを消すために香水が発展した。 逆にいえば、衛生設備も整い、体臭もあまりない日本人には必要のないものだといえよう。 一部を除いては。 狭いロッカールームではワキガと香水の戦いが静かに始まっていた。 果たしてどちらがこの空間の制空権を奪うのか。 かき消されるのは果たしてワキガか香水か。 極めて近くでその戦いを見守っていたのだが、むしろその余波で僕が死にそうになっていた。 ふと見ると香水のビンは明らかに半分くらい消費されていた。 おそるべし、ワキガ。 髪のセットもそこそこにホールに戻った僕は、空気のありがたさをしみじみと感じることができた。 昨今、環境汚染が激しい。 最近、 CO2などの排出による地球温暖化、破壊されるオゾン層、酸性雨、年々悪化する水問題、減少する熱帯雨林、増加する廃棄物等々。 諸要因がそれぞれに重なり、環境を劣化させ、地球規模で環境破壊が進み、生態系を崩壊させようとしている。 特に空気の汚染が著しい。 クルマの排ガスや工場の排気ガスは言うに及ばず、人間が発散するガスもいずれ環境に甚大な悪影響を及ぼすに違いない。 これに対して対策を怠れば、持続可能な経済発展が望めぬどころか、人類そのものの持続すら危ぶまれることは明白である。 アメリカはなぜ京都議定書にサインしないのだ? 新鮮な空気は大切なんだよ! ***** その日は結構忙しかった。 深夜1時を過ぎるころにはそこそこテーブルが埋まっていたのではないだろうか。 お客さんが1組入るとそこのテーブルには指名されたホストだけではなく、お手伝いとしてバイトの僕やそのとき指名のないホストが座ることになる。 僕がそのときヘルプに入るように命じられたのは、N氏のお客さんのところだった。 雰囲気的にはデヴィ夫人だったが、むしろデブ夫人といったほうが正解かもしれない。 そこのテーブルだけ温度が数度高くなっていると感じたのは気のせいだろうか。 母さん、ボクこれまでいろんなデブ見てきたけど、この人はマンガにでてくるようなほんとのデブだよ。 汗が止まらないらしい。 夏のせいだけではなかろう。 冬でもいつも汗を流しているような気がした。 それを見ている僕も暑くなってきた。 米国学術研究会議(NRC)が発表した研究報告によると地球の表面温度は、この100年間で摂氏およそ0.4〜0.8度上昇したという。 過去20年間では、地球の表面温度は摂氏0.25〜0.4度上昇したものと見積られている。 温暖化の原因としては各種産業が排出する二酸化炭素が主な原因だと言われている。 しかし原因はそれだけではない。 デブがいるだけで温度が上昇することもあるのだ。 なぜアメリカは京都議定書にサインしないのだろう。 いやむしろ夏のデブ禁止令が必要なのではないか? デヴ夫人「そうなのよねぇ、毎日暑くて暑くてヤセる思いだわ(笑)」 気分だけか?やはり気分だけなのか? 僕はにこやかに会話を続けたのだが、あることに気がついた。 そしてそのデヴ夫人の隣にN氏が座っていたのだが、なんだろう? そろそろ香水の効果が切れてきたのだろうか? 再びVX級の毒ガスが付近に散布され始めたのだった。 21世紀は環境の世紀だという。 僕はこれからの環境問題について一体どういう結末が図られるのか、そのことを呆然を考えていた。 |