僕が先日学校の食堂でお昼を食べたときの話だ。 春休みの学校の食堂というのは閑散としている。 4月に入ると新入生やらで一杯になるのだが。 僕が一人でテーブルにつくと隣のテーブルでは二人の女のコがしゃべっていた。 旅行の相談だろうか、いろいろな国のパンフレットがテーブルの上には並んでいた。 僕は一人、カキフライを食べながらそれを聞いていた。 というよりあまりにも大きな声でしゃべっているので聞こえてくるのだ。 女のコA:「やっぱり将来はこういうところに住みたいよね〜」 南の島のパンフレット。 女のコB:「でも暑いところはシミとかソバカスとかできちゃうよ。ねえ、北欧とかもよくない?」 A:「あん、それもいい〜。雪国の丸太小屋とか」 B:「彼氏に作ってもらったら?」 彼氏は田中邦衛か? やっぱり無口なのか? A:「なんか『雪の国から』みたいじゃん」 おまえ間違えてるって! B:「キツネ呼んでみたりとか(笑)」 間違いを教えてやれよ。 僕はカキフライに集中することにした。 食事というのは時に集中力を必要とするものなのだ。 僕はキャベツをひとくち箸でつまみながら、極力耳を貸さないように努力した。 それでも聞こえてくる会話はどうしようもなかった。 ただ僕は必死に笑いをこらえるのに必死になるしかなかった。 ふと見ると、一人のコ(A)はタヌキに似ていた。 もう一人のコ(B)はまるで育児に疲れた自殺寸前の主婦のようだ。 よく似た女性を僕は「恐怖!ほんとにあった呪いのビデオ」の中で見たことあるような気がした。 A:「でも日本みたいな国にいるとたまに自然の中で生活したくなるよね。世界ウルルン滞在記とかみたいに」 B:「うんわかるわかる。アフリカとか行ってみたい」 A:「そんで狩りとかして生活するの(笑)」 あんたが狩られるよ。 B:「冒険みたいなのもあるよね。インディジョーンズの冒険?みたいな。宝捜しとか」 でもあんたは悪役だ。 洞窟に入ってすぐにちょっとだけでてくる役、というのはどうだろうか。 僕は味噌汁を口に運んだが、次のセリフで噴出しそうになってしまった。 A:「あんたミイラのほうが合ってるんじゃん(笑)?」 大正解だった。 しかしそのあと数秒間の冷たい沈黙が僕に痛かった。 僕にはまったく関係なかったのだが。 時として異性よりも同性のほうが痛い言葉を言うことがある、ということか。 A:「ところで最近彼氏とは上手くいってる?」 B:「う〜ん。まあまあってとこかな」 今日のカキフライは熱くっておいしい。 B:「でもなんかフタマタしてるみたい」 カキフライが鼻から飛び出すところだった。 全然まあまあじゃないじゃん。 A:「大丈夫?」 B:「どうしようか悩んでる」 A:「もう、しっかりしなさいよ。自信もってさ。」 B:「うん」 A:「あたしの美しさは罪なのよ、くらい自信もって言いなさい。あたしみたいに(笑)」 それは虚偽申告罪です。 確かに罪ではあるけど。 B:「そうだね」 A:「悩みならなんでも聞いてあげるよ。友達なんだから」 B:「うん。ありがとうね。じゃあ言うね、えっとね・・・」 A:「ねえねえそういえば昨日のスマスマ観た?」 悩み聞いてやれよ。 舌の根も乾かないうちに・・・。 僕はそのときふと悪い記憶を思い出した。 そう、あれはかつてスノボの帰りにいったとある温泉にあるサウナの中。 3人のジジイがドアの前をふさぎながら3人漫談を僕に聞かせたあの日の夕方。 僕はターゲットにされている?! いや、それはないだろう。 いくら関西の人がお笑い好きだからとはいえ、隣のテーブルで食事をしている人間に聞かせようと思ってわざわざ会話をする人はいるまい。 それがジイサンならともかく一応年齢的にはカワイサやキレイさを求める女のコのはずだ。 普段からそんな、芸人意識で会話をするはずもないのだ。 僕はカキフライ定食を食べ終わり、デザートの杏仁豆腐にスプーンを進めた。
B:「ちょっと人の話きいてよ、もう、アンニン(カンニン)してよ(笑)」 ロックオンされている。 僕は素のままスプーンをすすめ、かきこんだ。 ムリのない動作で席を立ち、軽く会釈をして隣のテーブルの脇を通り過ぎた。 振り返るのが怖かった。 |