ある塾講師の苦悩



 


僕は現在、とある塾の非常勤講師をしている。

レギュラーの講師が休んだりすると、電話がかかってきてその日だけ行って代理で授業をするというヤツだ。

小学生・中学生・高校生と手広く経営している塾だが、学生のアルバイトに授業をさせるのは小学生・中学生の授業のみだ。

基本的にたまにしか依頼はないのだが、これまでのところ、1回中学1年生の国語を担当しただけで、代理授業のほとんどは小学生の国語を教えている。

日本の未来を背負う子供たち。

キラキラとした瞳を輝かせて明るい未来に一歩一歩進む子供たち。

この中から将来の総理大臣、ノーベル賞をとる科学者、宇宙飛行士が出てきても全くおかしい話ではない。

そんな子供たちの輝かしい未来にささやかでも力になれればそれは素晴らしいことではないか。

*****

その日、代理の授業を頼まれたのは小学6年生でもっとも学力の低いクラスだった。

今回で2回目だ。

このクラスには魔物が棲んでいる。

田中君(仮名)だ。

僕: 「じゃあ、次の四字熟語の問題解ける人。」



【問題】
次の□の中に漢字一字を入れて熟語を完成させなさい。

□肉□食



田中君: 「ハイ!! 焼肉定食!!




昔懐かしい“一休さん”はその物語の中で、無理難題をとんちで答えていた。

将軍義満は問答が好きで、いつも一休さんにとんち比べを挑むのだが、毎回一休さんのとんちに負かされているのである。

しかしその一休さんの頭脳のヒネリというのが毎回気持ちいいくらい冴えているので義満も満足して笑いながら負けを認めるのである。

焼肉定食では打ち首決定だ。

僕: 「ハイ。そこ、ふざけないこと」

僕はきっとものすごく渋い顔をしていたに違いない。

僕はお笑いがキライではない。

というより3度のメシよりもお笑いが好きだ。

だが、本気のパンチよりもおちょくられるほうがムカツク場合もある。

・・・。

そして別の問題の解説をしていた時のこと。

僕: 「次の問題解けた人いるかな?」



【問題】

作者が文中でもっとも言いたかったことを20字以内でまとめなさい。




田中君: 「ハイ!」

僕: 「じゃあ田中君」

田中君: 「わかりません!

僕: 「・・・。」



少年マガジンに現在連載中の「魁!クロマティ高校」というマンガがある。

その中に同様のギャグがある。

僕の好きなマンガだ。

そして、僕は十数年前の過去の自分をもそのとき、思い出していた。

あれは僕が小学生の頃の日能研たまプラーザ校でのことだ。

“この問題分かる人!”と聞かれ、“ハイ!”“じゃあ●君“、“分かりません!”と大声で返答していたあのときの僕。

あのときはよかった。

むしろ古典的かつ使い古された感さえあるレベルのギャグだ。

歴史は繰り返す、というが・・・。



そのレベルでは満足できない。

そして僕の感性をそれ以上に逆撫でしたのが、爆笑の渦が発生していることだった。

キミらはそのレベルで満足なのか?

僕: 「はいはい、静かに。じゃあこれは・・・、山田さん(仮名)」

こうして次々と問題の解説をしていったのだが、仏頂面の表情の下で、僕は

本当のお笑いを教えてやろう

と狙っていたのだった。

開眼せよ。さすれば真のお笑いの感性が一層磨かれることだろう。

この中には将来吉本興業の未来を背負う子供たちも含まれているかもしれないのだ。

・・・。

そしてチャンスはやってきた。

授業が終わって締めくくりに。

僕: 「じゃあ今日勉強したところはキッチリ復習してできるようにしておくこと。もうすぐ受験なんだからしっかり気を引き締めてな。テレビなんて見るんじゃないぞ。見てもいいテレビ番組は、NHKのニュースと爆笑オンエアバトルだけだ。特にランディーズは必見だぞ。
普通の女の子には戻らないけどな。

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(・・・静寂・・・)
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よ〜し、授業終わり。帰ってもいいぞ」







その日はもうすぐ12月という寒い夜だった。

僕は逃げるように帰宅し、小さく膝を抱えて泣きながら、寝た。

(それはキャンディーズだよッ!)

というツッコミを心の中で繰り返しながら。

外では、冷たい北風が吹いていた。

僕の心の中にも。







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