あだ名が変わった瞬間
あれは中学一年のときの夏のことだった。 クラスに白金(しろかね)という名前のヤツがいた。 頭がおにぎりの形をしたちんちくりんの小デブなのだが、やたらと自尊心が強かった。 ヤツは自分で自分のことを「プラチナ」と呼び、いちいち名前を書くときにも ミドルネームに“プラチナ”と書くへんなヤツだった。 加えていえば、「おれの制服はプラチナクロスだ、黄金聖闘士より強いんだ」などと訳のわからないこともほざいていた。 名前が龍村だったためにドラゴン役をやらされて星矢ゴッコをさせられたかわいそうなのもいたらしい。 当然、周りがヤツのいうとおりプラチナ君などと呼ぶわけはなく、皆、「バッキン」と呼んでいた。 これはハッキンに由来するが、そのままではやたらとカッコイイので、バッキンになったのだ。 ヤツは水泳が大の苦手だったらしい。泳げない聖闘士だったのだ。 うちの中学は屋内の温水プールだったので6月から水泳の授業があったのだが、彼は一度も出ることがなく、体育が水泳のときは必ず見学していた。 水泳の授業も最後の頃のこと。 ある朝、バッキンは廊下で体育の先生とすれ違った際にこう言われた。 「おまえ、今日のタイム測定出なかったら評価0だからな。」 その瞬間ヤツの顔は青ざめたらしいが、悲しみの王子に変身したかどうかは定かではない。 しかし、彼はその日も当然休むつもりだったので、水泳の道具を持ってきていなかった。その旨を先生に訴えても、「友達から借りろ」と一蹴されるばかり。 ヤツは友達から借りようと、何人かに頼んだらしいが、ダメだった。 あるやつは、「いやいや、おれの水泳パンツは青銅聖衣以下だし」と断っていた。 っていうか友達がいなかった(笑)。 さて、どうしよう。ヤツの家はそこそこ教育型だったらしく、とてもじゃないが入学早々評価0は見せられない。 とうとう水泳の時間になっても借りるあてが見つからず、しかたなしにプールまで行ったヤツは、視界の隅にあるものを見つけた。 それは、「忘れ物箱」だった。 ヤツはそのなかをあさり、一枚の水泳パンツを見つけた。 だが、しかし。 ソレは持ち主の手から離れて少なくとも2週間は経っていそうな、危険な匂いのするシロモノだった。 実際、かなり危険な異臭を発していた。 背に腹はかえられず、水道でそれを熱心に洗うヤツの背中には中1とは思えない男の哀愁が漂っていた。 バスタオルもなしにフルチンで着替える際にはみんなにからかわれ、顔を真っ赤にしていた。 それでも怒りの王子に変身することはなかった。 なぜなら聖闘士だったから。 彼は本当に泳ぎが下手だった。 なんで一生懸命バタ足をしているのにバックすんねん?! 器用なヤツだった。 25メートルのクロールだったのだが、先生が評価1をつけたことはその日一日黙っていようと思った。 その次の日のことである。彼は股間をまさぐりながら、こう言った。 「なんかさー、昨日から痒いんだよね」 その瞬間から、彼の名前はバッキンではなくインキンになったのだった。 |
教訓 「菌は水で洗っても落ちない」