第弐拾弐話 せめて、人間らしく
〜名前の付け方〜







12月28日まで、僕は祇園のとあるホストクラブにいた。

といってもバイトしてただけでまったくそれで稼いでいこうとは考えていなかったのだが。

一般にそういった水商売の世界では本名で仕事を行なうことはほぼ皆無に近く、その代わりに源氏名というものを使うことになる。

これはゲンのいい名前にするという意味もあれば、正体を隠すという意味もある。

ホスト臭い名前といえば例えば「琉夜(りゅうや)」とか「悠宇貴(ゆうき)」とかそういう少女マンガに出てきそうな名前になったりする。

一方で、僕の源氏名は「マンチェスター柔華博士」という妙に長ったらしい名前で、それはオーナーと主任(成績No.1!)につけてもらったものだ。

それが決まったのはオープン前日のことであり、メニューやらシステムやらがまだ決まりきっていない最中のこと、忙しさがわかろうというものだ。

お世話になった方々にいう言葉ではないが、やはり適当だったのですか?

そしてその疑問がまだ薄れていない頃のお話。

*****

その日は一組目のお客さんの入りはちょっと遅めだった。

11時くらいまでヒマだったのである。

主任「なあハカセ、ハカセってその名前、気に入ってる?」

結局僕の名前は短く「ハカセ」と呼ばれていた。

それじゃ「それいけズッコケ三人組」だよ。

「はあ、まあ、一応…」

相手は年上の先輩だ。

それじゃあんたはハチベエか?

というツッコミは飲み込まざるを得なかった。

主任「今からでも遅くないし、その名前長いから名前変えようか?」

「ええッ!そうですか、いえ別に主任に頂いたこの名前を気に入ってないワケじゃないですし、名前にはホントこだわりとかはないんですけど…、じゃあ『マサキ』とか『ユウヤ』で

主任「そんなカッコイイ名前は許さん。」

「はあ・・・」

主任「そうだなあ、なんか平安貴族みたいな顔してるし、『麻呂』にするか?」

「麻呂、ですか…」

主任「ついでに苗字も変えてしまおう。摩周湖の『摩周』だ。カッコいいやんか」

「…続けて読むと『マシュマロ』ですか?

主任「オチを先に言うんじゃないってどれだけ言えばわかるのだ、タワケ!!」

「すんません」

ここは僕が謝るところなのですか?

それ以前にそれって面白いところなのですか?

っていうか今時タワケって何?

主任「難しいなあ」

「そうですね〜」

そこにケイスケさんという別の人が会話に参加した。

非常にダンスと歌が上手で、非常にダンディーなベテランホストだ。

ケイスケ「源氏名っていうのはな、インパクトや。お客さんに一番覚えてもらわなきゃいけないのが名前や、ええか?

もし名前覚えてもらえなかったら、その日は楽しい思い出とか作ってもらってないってことやねんで? 

せめて名前を覚えてもらえれば、ここの店に来たっていう記憶は残るもんや。それに名前覚えてもらえなかったらお客さんも付かんやろ。

だから名前はインパクトのある名前のほうがええんや。

そんでキャラクターに合った名前が一番インパクトもある」

主任「なるほど…」

ケイスケ「…だからな、おまえ今日から『リトマス試験紙』や」

僕がどういうキャラなのか全然わかりません。

それにリトマス試験紙ってどんなキャラ?

「はあ…。でもやっぱりちょっと長いような気が…」

ケイスケ「長い?じゃあ短くして『トーマス』」

おれは機関車か?

「はあ…、そしたら選択肢の一つとして考えておきますが…。」

*****

そしてその晩、なぜか立て続けに入ってきたお客さんでお店は一杯になり、本来お客さん一人に対して二人以上はついていないといけないところが1対1で対応せざるを得ない状況になってしまった。

ローテーションで、僕がそのときついたテーブルには、少し口が大きいのが特色のオバサンが座っていた。

「…で、今また僕の名前を考えてるところなんですよ〜」

オバサン「ホホホホホ」

たまに笑うと上唇がめくれあがって上の歯茎が丸見えになる人がいるが、そのオバサンもそのうちの一人だった。

しかし少しばかり限度を超えていた。

わッ!ズールー族がいる!!

あまり口元に目がいかないようにおしゃべりすることにした。

噛み付かれそうで少し怖かったのだ。

「で、主任なんて『摩周麻呂(マシュマロ)』にしろっていうし、ケイスケさんは『リトマス試験紙』にしろっていうし、どうしたらいいのか(苦笑)」

オバサン「マシュマロなんておいしそうな名前じゃないの(笑)」

やっぱ喰う気なのですか?

ズールーなのですか?

「あ、いや、別にいいんですけど…」

オバサン「そうねえ、じゃあ『田中太郎』ってどう?」

誰ですか、それ?

*****

後日、再び名前の話になった。

主任「なあ、じゃあ真剣に今のその名前、気に入ってないんか?」

「いえ、気に入ってないっていうワケじゃないですけど、『ハカセ』って呼ばれるとなんか『ズッコケ三人組』みたいで

主任「そうか…」

「…ハイ」

僕は主任からもらった名前を気に入らないなんて率直に言えるワケもなく、うしろめたい思いにかられながらようやくそう答えた。

主任「じゃあ新しいスタッフ入ったら『ハチベエ』と『モーちゃん』にするから

そういう問題じゃねえんだ。

…結局、ずっと『ハカセ』だった。



教訓「他人に名前などつけてもらうものではない」




 
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