桜井主任。 僕らのホストクラブがオープンして、早や2ヶ月がたちましたね。 初めのときはもういろんなことでバタバタしてましたけど、最近ようやく落ち着いてきた感があります。 僕はこういう水商売は初めてなんですが、桜井さんをはじめ、みなさんの助けを借りてなんとか大きな失敗もなくバイトを続けています。 僕と桜井さんは年齢がひとつしか違わないのに、キャリアの上では天と地ほどの差があるし、なにより桜井さんはお店のナンバーワンだから、バイトの僕なんかとはぜんぜん立場が違うんですよね。 でも、それでも桜井さんはイイ人だから奢ることもなくてバイトの僕なんかにもわけ隔てなく話し掛けてくれるんですよね。 僕の名前は『マンチェスター柔華博士(やわらかはかせ)』という妙に長ったらしい名前になってしまいましたが、『柔華(やわらか)』という名前は桜井さんからもらったんですよね。 たしかマスターと常務と桜井さんが前のお店では一緒に働いていらしたのだとか。 そのときに使ってた名前が「柔華」。 僕なんかが二代目を襲名していいのかわからないけど、いただいた名前を汚さないように一生懸命がんばりたいと思います。 ところで、僕は名前と同時に一つの役職ももらいました。 今日はそのことでお話があるのです。 以前のお店で桜井さんがその役職で苦労なさってたことは重々承知しています。 だからこそ、僕なんかにその重責がまっとうできるかが心配なのです。 先日もこんなことがありました。 ***** マスターのお客さんが“あたりめ”を注文して僕が運んでいったときのこと。 マスター「あ、ハカセ、このあたりめ、ちょっと食べてみるか?」 僕「あ、どうもありがとうございます。いただきます。・・・ん? これおいしいですね。やっぱり一度水で戻して、ゆっくり焼いたりとかしてるんですか?」 マスター「そんなのあたりめー(当たり前)やんか」 幻魔大戦というアニメ史上に残る名作がある。 東丈(あずまじょう)という主人公が最強のサイコキネシスを発動させて、精神的にも成長しながら、宇宙一の悪者、幻魔一族を倒していくというそういう物語。 最後に幻魔の親玉と決戦したとき、東丈は火竜の形をした幻魔に対してこういう技を使った。 『ぜっッたいれいどぉぉぉぉぉーーーーー』 絶対零度。それで火竜は凍りつき、そして砕け散ったのだ。 マスター、あんたのほうが地球を守れるよ。 しかし、店の中で使われるその技は受け手が必要だった。 瞬間的に凍りつくその場の空気は誰が溶かすというのか。 マスターはまず初めに桜井さんを見た。 桜井主任は少しばかりのうしろめたさを示しながらも、グラスを傾け、タバコに火をつけていた。 あくまでも黙殺するつもりだ。 そして行き場を失ったマスターの視線は僕にきた。 どんな社会構造にもヒエラルキーという上下関係がある。 たしかにバイトの僕が一番立場が弱いに違いない。 でもこれは企業内イジメだ。 僕は仕方なく、マスターの目を見て、言った。 僕「マスター、めっちゃおもしろいですよ。ハハハハハ」 おかあさん、ボク、嘘をつきました。ごめんなさい。 ***** 僕はこの先、このまま『マスターのジョーク係』を続けていかなければいけないのでしょうか。 僕はそのときのことは確か一度桜井さんに話したと思うんですが、少し酔ってたんでしょうか? あまり覚えていらっしゃらないようですね。 僕「桜井さ〜ん。マスターのジョークってほんとにキツいんですよ。でもやっぱり僕がウケなくちゃいけないんですか〜?」 桜井「そうやねえ、マスターは九州出身だからねえ、これが中国地方とかならまだマシなんだけど」 そういう問題じゃないし。 僕はとりあえず、一度桜井さんのトークテクニックを学ぼうと思いました。 マスターはともかくとしても、このホストクラブのナンバーワンのトークテクニックだって学ぶべきものはたくさんあるはずです。 お店ナンバーワンのトークテクニック。 先日、一緒のテーブルについたとき、僕は桜井さんのお話の仕方に注意を払っていました。 テクニックを盗んで、いつかは越えてみせる、と思って。 そのときの会話のテーマは確か幽霊とかお化けの話でしたか。 客「で、ホストのみなさん、霊感とかあるんですか?」 僕「いえ、僕はそういうのはないですねぇ」 桜井「僕? 僕の場合は首スジとか、あとは乳首ですねえ」 僕のあたまの中では一生懸命東丈が ぜっッたいれいどぉぉぉーーーー と叫びながら能力を発揮していた。 僕はおそるおそる口をひらいた。 僕「桜井さん、それは、性、感、帯。」 あんた、マスターと一緒のレベルだよ・・・。 教訓「ホスト稼業はやっぱり奥が深い」 |