祇園のホストクラブ






祇園。それはネオンに包まれた大人の街。タバコの煙とお酒の香り、そして空白の煌びやかさが彩る古都の一部である。

そしてその祇園の高級クラブと呼ばれるところには、着飾った淑女と盛装した紳士が集まるのだった。

うちの店はとくに高級志向が強い。

店にいらっしゃる女性も美しく年齢を重ねた淑女ばかりだし、働くホストもすべて落ち着いた雰囲気を持つ紳士ばかりなのだ。

この限られた空間のなかで、淑女と紳士はダンスを踊り、お酒とタバコをたしなみ、そして小洒落て知的な会話を楽しむのである。

俗世間には、トイレでホストが客を襲ったり、ホールでホストがハダカになったりというような“安い”パブもあるが、そういう醜悪な一面は一切ない、それがこの店のコンセプトであるらしい。

京都・祇園の淑女と紳士が楽しめるお店。それがこのクラブなのだ。

*****

僕が、とある女性のテーブルについたときのこと。

ひとつのテーブルには3〜4人のホストがつくのが普通なのだが、このときは忙しくて人手が足りなかったので、そこに座っていたのは僕ともう一人、先輩のオザキさんだけであった。

たしか、そのときの話題は京都の経済状態のことだった。それをテレビアニメのキャラクターを用いて説明していたのだ。

カタイ話でも『落ち』をつけるのは忘れてはいけない。

そしてその会話が一段落したあとのこと。

オザキ「なあ、いま何時や?」

「12時過ぎくらいです。」

オザキ「シンデレラが階段下りながらコケた時間やな。あれって『蒲田行進曲』みたいに下までゴロンゴロンいったらおもろいのにな」

「シンデレラがそこで死んだら話が終わっちゃいますよ」

オザキシンデレラが死んでれら

これが小洒落で知的なのか?

単なる駄洒落ではないのか?

オザキ「そんなことはどうでもええねん。12時過ぎたら、そろそろおまえ、チンポ出して歩く時間やで?

紳士と淑女の集まるクラブ?

「・・・。」

オザキさん、あんた何か間違ってるよ・・・。

*****

そのクラブのマスターはかつて、名門と言われた別のホストクラブで長きに渡ってナンバーワンを保持し続けた人であった。

そのマスターはこれまでベンツを3台、ポルシェを1台、そして四条河原町周辺に2LDKのマンション(推定4000万円)を買ってもらったことがあるというすごいホストなのだ(いや、銀座とか新宿のナンバーワンに比べたらまた違うけど)。

そして長年の夢である『自分の店』を持つことを実現して、いまはマスターホスト兼オーナーなのである。

確かにすごい人を探せばそれなりにいるのだろうけど、それでもやっぱりツブれていくホストがたくさんいるなかで、そうした夢を実現できる人はそうたくさんはいない。

クルマだってそんなに買ってもらった人は少ないだろうし、マンションだって買ってくれる人を見つけた人はそんなにはいないはずである。

そんなマスター。

ホストとして洗練されて、淑女のハートを鷲掴みにするような素晴らしいトークを展開するはずである。

僕らバイトも、新人のホストも、ここまで成功を重ねたそんなマスターの会話術、トークテクニックに興味深々であった。

お店がオープンして当初は、マスターは運営のほうが忙しかったらしく、あんまりテーブルについてお客さんとおしゃべりすることはあまりなかった。

せいぜいあいさつをしにテーブルを回るくらいだったのだ。

しかし、オープンしてひと月くらいたったある日、マスターがテーブルについて接待をすることになった。

どんな会話なんだろう?

ベンツ、ポルシェ、マンションに相当するトークってどんなん?

僕だってその小洒落たトークテクニックを修得して腕に磨きをかけよう。

そんな思いがほぼみんなの胸の中にあったに違いない。

あ、お客さんだ。

全員「いらっしゃいませ」

テーブルについてのマスター。開口一番、

マスターいらっしゃいましておくれやしてごめんやす〜

駄洒落っていうよりパクリ?!

あんた、何か間違えてるよ・・・。

*****

ホストクラブは淑女が夢を求めてくる場所なのだ。

普段の生活感の強い日常から切り離されて、たとえ虚飾性が強くてもそこに幻想の愛情を求めてお客さんはやってくる。

もしかして普段の生活で、心にすき間があいているのかもしれない。

ストレスのたまる日常が、週に一回の来店で解消されるなら、それでいいのだ。

ホストクラブ、そこは虚飾の愛と夢が与えられる場所。

普段あいてる心のすき間を、埋めてもらえる場所。

たとえ職場でいじめられていても、ここではアイドルにだってなれる。

たとえ現実世界でうまくいってなくて汚く罵られようとも、ここなら王女様になれるのだ。

確かに期限はついてるけど、誰だってシンデレラになれる場所。

それがホストクラブ。

ある日のこと。

ホストの一人があるお客さんを連れてきた。

少し容姿、容貌は悪かったかもしれない。

体型はビヤ樽みたいだし、顔はちょっとムクれて目は一重。クチビルは厚めで鼻はつぶれて上を向いていた。

それでもここはホストクラブ。

僕の心の中「(なんてホメようかな・・・? グラマーで、愛嬌があって、親しみやすい顔つき、とでも言おうかな。ホメかたが難しいなあ。あんまり「美しい」なんていうとウソくさいし・・・。こういうとき、このホストの人たちはなんて言うんだろう?)」

会話が進む中、テーブルについたホストの中で最初に容姿について言及したのはオザキさんであった。

オザキなんか、ヒバゴンみたいやね

あんたは人の夢を食い荒らすバクかなんかか?


教訓「ホスト稼業は奥が深い」


 
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