人に歴史あり



 



彼の名前は、仮にここではミシロ君としておこう。

年齢は25歳。

山科区出身。現在は大阪市西成区の日雇い労働者用のベッドルームに住んでいる。

大阪市西成区とは、あまりいい評判を聞かない地区だ。

そこには日雇い労働者がたくさん居住しているという。

彼は一年前は京都市内に住み、ホストとして働いていた。

しばらくのあいだ一緒に働いていたのだが、ある日突然、彼は姿を消した。

理由は誰もわからない。

しょせん水商売に生きる人間なのだから、多少は人に言えない秘密があっても不思議ではない。

が、やはり気になるところだ。

ある日僕が用事で大阪に行ったときのこと、河原町に着いたホームで僕は彼の姿を発見した。

スーツ姿ではなく、よれたジャージ姿の彼に声をかけるまでもしかしたら人違いかもしれないと思っていた。

僕: 「あ、やっぱり。時間あるなら少し飲んでいく?」


*****


乾杯からおよそ2時間後。

突然お店から姿を消したミシロ君は一体その後何をしていたのか。

それを聞きたかったのだが、なぜか彼の半生が語られることとなった。

どうやら彼の半生を理解しないと、突如として行方不明になった理由が理解できないらしい。

酔った彼はいつになく饒舌だった。

そして極めて真面目だった。

何杯目かのウィスキーのロックを空にすると、彼は

ミシロ: 「じゃあ、突然いなくなった理由を最後に話すからそれまではずっと黙って聞いててくれよな」

僕はうなづいた。そして非常にシュールな彼の半生が語られていった。

ミシロ: 「大学受験は、マークシートだったから霊感の強いオレなら合格するはずだったんだ」

僕: 「ほう?」

ミシロ: 「でも試験中寝てたから不合格さ」

僕: 「・・・。」

だからなんだというのだ?

ミシロ: 「そのあと、バンドを組んだんだ。今でいうGLAYみたいな路線でメディアで有名になろうと思ってね」

僕: 「ふ〜ん」

ミシロ: 「バンド名はアナル・キッズ

その時点でメディアには出れないよ。

ミシロ: 「キンキ・キッズに名前パクられたよ・・・(苦笑)」

多分ジャニーズ事務所はキミのバンドの存在自体を知らないと思う。

僕: 「・・・。」

ミシロ: 「曲はいいのができたんだけどね、ほんとに音楽を理解できる人がいなかったんだ」

僕: 「バンド名が原因なんじゃないかな・・・」

曲の内容を聞こうかと思ったが止めておいた。

なんとなく想像がつく。

そして、有名になれなかったのは音楽が理解できる人がいるとかいないとかの問題ではないと思う。

ミシロ: 「そのあと吉本の門をくぐったんだ。お笑いの世界で有名になってやろうと思って」

僕: 「ほう・・・」

ミシロ: 「トリオコントなんだけどね、トリオ名が“スリートリック”。逆から読むと・・・」

僕: 「言わなくていい

その名前ではメディアに出れない。

どんなに面白くてもその名前では有名にはなれまい。

ミシロ: 「松本人志に負けないくらい面白いんだけど、まあライバルのパクリはしたくなかったし、オリジナルで考えたのが、コレ、“コマイヌ!!”」

股間位置で掛け声とともに手のひらを広げるそのギャグはどう見てもビートたけしのパクリだった。

そして間違いなくライバルの松本人志はキミの存在を知らない。

ミシロ: 「そんでホストになろうと思ったんだ」

僕: 「なるほど」

ミシロ: 「京都駅裏に路上生活してたんだけどね、中学生からよくカツアゲしたよ(笑)」

それは犯罪です。

僕: 「・・・ふーん(硬直)」

ミシロ: 「ホストになるときもイイ名前考えたんだけどね、却下された」

僕: 「どんなの?」

ミシロ: 「レイプマン

あんた脳みそが梅毒にでも冒されてるのか?

僕: 「・・・普通にミシロっていうほうが正解だったと思うよ」

ミシロ: 「そんで今はホストでも夢破れて西成でくすぶってるってワケさ」

僕: 「あれ? で、なんで突然辞めたのさ?」

ミシロ: 「ん〜、なんか一日ズル休みしたらなんとなく次の日も行きたくなくなっちゃってさー。ついでだからってお風呂でアタマにカミソリあててスキンヘッドにして出勤できなくしちゃったからそのまま行けなくなった」

これまでの半生との関係は・・・?

つまり、何をやっても中途半端な彼は、ホストすらも中途半端なカタチで終えてしまっていたということなのだろうか。

僕: 「でも西成っていってもあんまり仕事ないんだろ?」

ミシロ: 「今は妹からお金借りて生活してる。妹はカネ持ってるから」

僕: 「妹がお金持ち?」

ミシロ: 「マクドとコンビニでバイトしてるから」

マクドナルドもコンビニエンスストアも時給はせいぜい800円程度だ。

週5日、一日に6時間働いて、ひと月120時間。それで給料は96000円。

そのうちの何万円を借りパクしているというのだろう。

ミシロ: 「今は西成に住んでるけど、あそこにはもう仕事ないんだよな」

僕: 「不景気だからな」

テレビで観たことがある。

地方の農村地帯、あるいは過疎化が進む地方から大阪に出稼ぎに来る人というのは、以前からあった。

冬のあいだの季節労働者や、あるいは自営の工場が立ち直るまでの少しのあいだの限定的労働として、西成の日雇労働市場はその機能をもっていた。

しかし最近は消極的な理由として、つまり借金苦による夜逃げ、あるいはリストラによる無期限の労働先として認知されつつある。

日本の不景気、社会の構造変化の犠牲ともいえるだろう。

ミシロ: 「あそこにいる人間はカネ持ってないクズばっかりだ。おれはカネ持ってるし」

あんたのほうが外道だよ。







教訓「人の人生はそれぞれ、なのだが・・・。」





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