僕は、とある私立高校に通っていた。 男子校だった。 男子校の弱点をひとつあげるとすれば、「同世代の女のコに対して過度の憧れを持つ」ということだろうか。 共学に通っていた友人に聞くところでは、 「時々ドキっとするような瞬間もあるけど、逆にげんなりする瞬間もあるよ。」 つまり、普段そのままを目の当たりにすることで、およそ正しい価値観を持つことができるのだ。 しかし男子校では普段女のコとしゃべることすら珍しいわけで、憧れだけが先走る傾向となる。 むしろ女のコの目を意識しすぎることで、オシャレになりたいと思う傾向は共学に通う男子生徒よりも強いのではないだろうか。 僕の周りは(僕も含めて)そんなヤツばかりだった。 ***** U君。 彼は太り気味で寡黙で、クラスの中心からは離れたところに存在していた。 スポーツも特に得意ではなく、勉強でもパっとしない。 グループ分けで余るタイプといえばわかりやすいだろうか。 夏休みが終わった2学期の初日の授業。 始業式をさぼった彼は、次の日の授業開始のときも欠席していた。 いや、正確には午前の授業をさぼったのだった。 彼は5時間目の授業が始まってしばらくした後に、登場した。 後ろのドアからではなく、数学の先生が授業をしている前のドアから。 激しく日焼けした顔、肩までぶらさがったドレッドヘア、両耳のピアス。 なぜか制服にサングラス。 誰だ、おまえ? そして、それはいったい何の冗談だ? 幸い、学生手帳の校則にはパーマ禁止、ピアス禁止などの項目はなかった。 とりあえず合法といえば合法だったが、 なぜか非合法な気がしてならない クラス一同: 「おおおおお〜〜〜」(どよめきと困惑) U君は落ち着いて自分の席につくと、何事もなかったかのように教科書を開いたのだった。 その日以降、常に新しい話題に欠ける僕らにとって、彼は格好の話題となった。 しかし、見栄えがいくら変わっても人間そのものが変わったわけではない。 体育の授業ではどう見ても、太ったおばさんがチリ紙交換を追いかけているようにしか見えなかった。 そして、ドレッドヘアというのは案外メインテナンスに手間のかかるものだ。 加えて、あれは細かく編んであるので「洗ってはいけない」ものらしい。 まだ夏の余韻が強く残る9月のこと。 彼のドレッドヘアはいつのまにか異臭を放つようになってきた。 「くせえよ、あたま洗ってこいよ」 そしてその周囲の声に負けた彼はできるだけ編み目を壊さないようにしながらも、頭を洗うようになった。 そうすると、ドレッドヘアはどうしても編み目を崩し、細かくパーマのかかった髪の毛がばらばらになってしまう。 ひと月もしないうちに彼のドレッドヘアは完全に姿を消し、代わりにそこには落ち武者のように朽ち果てたヘアスタイルがあった。 「よ、平家の生き残り!」 「関が原の帰り?」 「だから真ん中を剃れよ、真ん中を!」 そして彼の日焼けもまた日に日に薄くなっていった。 もともと帰宅部だったので、陽射しを浴びる機会が少ないのだ。 彼の両耳のピアスはそのままだったが、落ち武者のようなヘアスタイルと色白のふっくらとした肌は、「近所のおばさん」以外の何者でもなかった。 「マルショウ(登下校途中にあるスーパー)でセールやってるみたいだよ」 「奥さん奥さん、お肉がお安いんですって」 「コーディネイトとしては、割烹着だな」 そういう僕らのからかいに耐えていた彼も、いつか耐えられなくなったのだろう。 ある初秋の日。 1時間目の授業をさぼった彼は2時間目の授業中に登場した。 スキンヘッドにしたつもりだったのだろうが、僕らには丸坊主としか見えなかった。 そして、彼は今度は「なまぐさ坊主」と呼ばれるようになった。 |