男には、ここだけは譲れないというこだわりがあるものだ。 小学校の時、クラスにアライソ君という友人がいた。 彼は背も低く、どっちかというとおとなしいほうで、クラスでも目立たない存在だった。 だが、ガンダムにかける情熱だけは並々ならぬものがあった。 その様子は「指揮官専用機」に詳しく書いてある。 彼のガンプラに対する意欲も凄まじく、小学生にしてフルペイントのプラモデルを作り、あまつさえちょっとした改造までしていた。 ガンダムのプラモデルならフルコンプリートで所有し、すべてバリ取りから仮組み、最終仕上げまで一つのプラモデルに1週間とか2週間という時間をかけて本当に丁寧に作っていたのだ。 僕などはせっかちな性格が反映して、色塗りなどもせず素組みで作ってしまっていたのだが。 そういうわけで男子の間ではガンダム博士の名を欲しいままにしていた。 ある日、クラスでいくつかの班に分かれて学級新聞を作るという宿題が出た。 そして僕とアライソ君、そして女子Aと女子Bの4人が同じ班になった。 アライソ君は女子Aに密かに恋心を抱いていた。 少しセイラ・マスに似ていた。 そしてその日の放課後、学校から一番近いアライソ君の家に集合したのである。 僕: 「あ、ゼータガンダムの新しいやつだ」 彼の机の上には、ゼータガンダムのプラモデルが載っていた。 それは当時小学生には手が出しにくかった、2000円の完全変形するプラモデルだった。 飛行形態からロボットへ差し替えなしで変形するというのはとても画期的なことだったのだ。 今でこそプラモデルの設計技術も進歩し、もはやオモチャの領域を超えたようなものもたくさん出てきているが、それまでのガンプラはほんの少しヒザ関節が曲がるくらいが普通だったのだ。 値段だって、それまではガンプラシリーズはせいぜい1000円くらいが普通だった。 僕: 「へ〜、すげー、ちゃんとシールドの裏まで塗ってある」 アライソ君: 「2週間かかったんだ・・・。昨日完成したんだよ」 とてもうれしそうだった。 僕: 「ちゃんと変形するんだよなー」 僕がいろんな角度で眺めて楽しんでいるところへ、女子Aと女子Bもやってきた。 女子A: 「何それ〜?オモチャ?あんたたちまだそんなので遊んでるの?バッカじゃない(笑)?」 オンナというのはいつの時代も男のロマンを理解できないものだ。 そして、好きな女の子のその言葉は、アライソ君にはキツイものだったのかもしれない。 99%がガンダムで出来ているアライソ君には、人格を全否定されたにも等しい言葉だからだ。 普段は無口な彼もここでは反論した。 もしかしたら自分の世界を彼女にも理解してほしかったのかもしれない。 アライソ君: 「これ、ほんとにすごいんだよ。変形するし・・・」 女子A: 「ふーん。ちょっと貸して?」 今のプラモデル技術からすれば、当時のプラモデルの設計技術は本当に黎明期であった。 差し替えなしの完全変形、そしてスタイル重視のその設計コンセプトは、耐久性にしわ寄せをしていたのである。 パキ。 彼女の手の中で軽い音を立てて、ゼータガンダムの右脚が外れた。 見ると、胴体と右脚をつなぐ細いパーツが折れていた。 アライソ君が2週間かけて作り上げた彼の魂はたった1日で右脚を失ったのだ。 彼を見ると、眼球は5ミリほど飛び出し、身体は死後硬直を始めていた。 さすがの女子Aもその重い空気を察知したのか、 女子A: 「ゴメン・・・」 好きな女のコに自分の全人格を否定された上に、魂まで破壊されたアライソ君はその日一日抜け殻であった。 その夜はコレクションのガンダムのビデオも彼の傷ついた心を癒すことは出来なかったという。 数日後。 僕がアライソ君の家でガンダムに関する熱い議論をしているときに玄関のインターホンが鳴った。 女子Aだった。 女子A: 「このあいだはゴメンね・・・。」 彼女はそう言って、四角い包みを押し付けて足早に帰っていった。 ガンダムの価値や素晴らしさが理解できなかったとしても、自分がアライソ君の大切なものを壊してしまったことが理解できたのだろう。 彼女なりのお詫びだったはずだ。 完全変形するゼータガンダムは2000円もするものだから彼女には買えなかっただろうし、箱の大きさも違った。 でもカサカサいう聞きなれた音はプラモデルのものだったし、そういえば新発売になったモビルスーツもあったはずだ。 事情はどうあれ、自分が好きな女子Aからもらったものだ。 アライソ君は照れくさそうに包みを開けた。 アライソ君: 「・・・ザ、ザブングルだよコレ」 素人目には似ているかもしれないが、決してガンダムシリーズではなかった。 それを見つめるアライソ君は、とても乾いた表情をしていた。 |