他のページでも触れているように、京都にいたときには僕はとある高級バーでアルバイトをしていた。
おそらく京都で1,2位を争うくらい敷居は高いバーだろう。
まず、ここは会員制ではないものの、事実上はそれ以上に客を選ぶ店である。
一見さんはお断り、というよりもまず、そのバーの存在自体知らないはずだ。
古い一軒の屋敷の中にあるからである。
そして、京都においてそれなりの地位と名誉を得た人間だけが、「紹介される」ことを許される。
そう、まずここには、すでにここの「客」となっている誰かと来る以外方法はないのだ。
それは当然、京大病院のお医者さんだったり、弁護士さんだったり、呉服屋さんの社長だったり、府議会/市議会議員だったり、茶道のお家元さんだったり、某仏教系一派の宗主さんだったりする。
それくらいクオリティの高い店だということだ。
意外とそういった地位の高いお客さんに限って、珍妙であることが多い。今日はそんな話だ。
その1「ベタネタなおやじ」
そのお客さんは、某呉服関係の会社を経営する社長さんだ。
会社では見事な辣腕を揮ってこの不況、和服不況にも関わらず業績をあげているらしい。
しかし、この店に一歩入ると、違う一面が露呈する。
「オーッス」
必ずこの掛け声で入ってくる。
他のお客さんの有無などお構いなしだ。
(あーあ、また出たよこのおやじやっぱここでアレいわないとたしなめられるんだろうなしかしなんでこんなベタなネタを毎回毎回言わせるんだろう何が楽しいというのだ?よりにもよってオスとメスなんていう組み合わせは面白いのか?面白いと思っていっているのか?もう一人のバイトは知らんふりして向こうの仕事についちゃったよこのおやじもおれをターゲットにロックオンしてるよおれがいわなきゃダメなのか)(←0.05秒)
「…メ、メーッス」
こういう「おもろくないことがわかってていうギャグ」ほど背筋を凍らせるものはない。
近くにいた別の客が驚いた顔で僕の顔を見る。
聞いてて恥ずかしかったに違いない。
おれの方が何倍も恥ずかしい
しかも自分に対して恥ずかしい
***
「へ〜、キミ、京大なのか。ワタシには弟が一人いるがね。ハハハ。それは“兄弟”か」
懲役5年5月の刑だ。
「ワタシにはブランデーの水割りを。“ブランデーは売らんで〜”なんて言わんといてな。」
死んでもいわない。
おまえこそ死刑。
しかし、正直なところ、ムスっとした顔でグラスを傾けてもらっても、「ん? なんかこの店に悪いとこでもあるのかな?」なんて心配になってしまうから、こういった話好きのおじさんの方が楽しくていいのは確かだが。
僕はこの愛すべき“妖怪ギャグ冷まし”の来客を楽しみにしていた。
絶対に会社で、ましてや朝礼でつまらないシャレは言っちゃだめだよ。
そういう人のために、こういう店があるのだから。
その2「老人」
老人特有の悪い病気にかかっているのは、イギリスのジジィだけではなかった。
日本の古都、京都においてもこの病気は流行していた。
某仏具屋さんは、まだ現役なので、60歳前だと思うのだが、早くもこの病気にやられていたようだった。
老人「ワシの若い頃は、食べるものもなくてな。“一適”の安いウィスキーを薄めてみんなで飲んだものだった」
老人「ワシが子供のころはな、まだ戦争中で、チーズなんて贅沢品やった」
老人「がむしゃらに働いたおかげでいまのワシがある」
もう何度も聞いた!!(心の叫び)
神妙に頷きながら、
僕「そうですか。大変でしたねぇ」(現実の声)
僕「やっぱり、今の世の中モノが豊富にありすぎるのがいけないんでしょうかねぇ」(←お約束)
老人「そうかもしらん。モノがない状態の方が、人間はまじめに働く」(←お約束)
僕「なるほど、そうかもしれませんねぇ。いやー、勉強になります」(←ほめておく&お約束)
老人(ニタっと笑って)「授業料払ってもらわなあかんな」(←お約束&ギャグ冷まし)
こうしてすでに過去に何度も繰り返された会話を、劇のシナリオのようにまたも再現するのである。
これはむしろ、ムーディーブルース(一時的)というより、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム(永久に反復)に近い拷問刑だ。
モハヤオ前ガ真実ニ到達スルコトハ絶対ニ! ナイ!!
ディアボロが何度も死ぬように、僕も何度も最後のお約束ギャグで殺されるのである。
その3「天上天下唯我独尊」
そのお客さんは、某和風文具メーカーの会長さんである。
つい数年前、家業を息子に継いで以来、現在は自由気ままな隠居生活だ。
このお客さんは、一番困った系に属するお客さんかもしれない。
いつも来店されるときは、閉店まじかに、酔っ払った状態だ。
別に暴れることもなければ、吐いて店を汚すこともない。
いちゃもんをつけて文句をいうこともない。
しかし、問題は、誰の話も聞かない、いや聞けないところに問題がある。
会長「しかし、でもね、今の日本の政治はあかんよ、あれは」
僕「そうですねー、しょっちゅう首相も替わりますしねぇ」
会長「キミは、ジャニーズJrって知ってるかね」
僕「(えぇ?! 一体なんの関係が?)…は、はい」
会長「よしよし…」(←勝手に納得)
僕「…」
会長「ワシの若いころは、石原裕次郎がモテていた」
僕「(あぁ、よかった。ちょっと関連性がある)…そうですか。今はJrですねぇ」
会長「石田ゆり子っておるわな」
僕「(今度は“石”しか関連してない!)女優の姉妹の姉ですね。」
会長、突然思い出したようにおいらはドラマー、やくざなドラマー〜♪(歌い出す)
そしてこの不毛かつ意味不明瞭な会話が閉店時間まで続けられるのである。
それが終わった後は、禅問答で知力の限りを尽くした後のように、疲れてしまうのであった。
会話って、言葉のキャッチボールだろ!
あんたのは敬遠策ばっかやん。 捕られへん!!
うちの店はたまにそういう珍妙な客がいらっしゃる、いいお店です。
帰国後、またそこでバイトしたいと思います。
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