男には引くには引けない時がある。 理屈上では無意味に思える行為にも実は男の意地という意味があったりもする。 東急田園都市沿線、市ヶ尾駅。 西洋懐石料理「あかべこ」。 僕は中学入試を無事に終了し、もはや日能研の宿題もなく、勉強から開放された生活をしていた。 残すは小学校の卒業式と4月の入学式だ。 仲の良かった塾の友人2人とその母親、計6人でささやかながら「あかべこ」にて私的な慰労会をすることになった。 店内では母親グループ3人と僕ら3人は別室になった。 そのほうが気分もラクだ。塾のクラスでカワイイ女の子は誰か、というような話は母親がいる前ではできなかっただろう。 テーブルにつくと、隣のテーブルに高校生らしきグループが到着していた。 テーブルの上にはまだ何もないところを見ると、どうやらまだ着いたばかりらしい。 僕らが食べたのは子供料金で1人1500円、サーロインステーキ食べ放題というものだった。 一枚200グラムのステーキを、何枚でもお替わりすることができるのである。 僕らはいろいろなことを楽しくしゃべった。 そして、受験のストレスを晴らすかのように(っていうかあんまりストレスなかったけど)、ステーキを食べた。 ステーキ肉、200グラムの一回目のお替わりをした。 ふと気が付くと、隣のテーブルでもほぼ同時に3人の高校生(♂)がお替わりを注文していた。 そのうちの1人と目が合った。ラグビーか柔道でもしているのだろうか、そういう体つきだった。 かすかにニヤッと笑った気がした。 僕: 「・・・。」 僕らはいろいろなことを楽しくしゃべった。 そして、ステーキを食べた。 ステーキ肉、200グラムのお替わりを3回、すなわち800グラムのステーキを食べたところで僕の友人2人はダウンした。 僕も本当はギブアップしたかった。 しかし、 隣の客: 「お替わりくださーい」 僕: 「うっぷ。こっちにも一枚ください」 店員は苦笑いをして、ステーキを持ってきた。すでに店側の儲けはないのかもしれない。 僕は努めて明るい顔をして、再び楽しい会話を始めた。 隣のアイツに悟られてはいけない。 もうすでに旨い肉の味はしていなかった。 味わう余裕など2枚目でなくなっている。 隣のテーブルのあいつに目を向けると、目が合った。ニヤ、とまた笑った。 向こうも苦しいはずだ。あれはポーカーフェイスに違いない。 僕のカラダは、あと一口も入らない、という拒絶反応を起こし始めていた。 しかしこの苦しみを乗り越えてこそ、つかめる栄光があるはずなんだ。 肉を細かくき刻んで口に運ぶ。 ま、まだいけるのか・・・?>おれ 僕はもう一枚、200グラムのステーキを注文した。 この段階ですでに1200グラムの肉が胃と腸に存在していることになる。 隣のテーブルからは・・・、追っかけ注文がない。 これを食べきれば、勝ちだ。 すでにベルトは緩め、腹はパンパンに膨れている。 それでも涼しい顔をして、僕はそれを食べ切った。 勝ったのだ。 隣のテーブルのグループは会計に向かった。 すれ違いざまに、ライバルは僕のステーキ皿を見て、すごいね・・・、とつぶやいた。 そして。 母親たちが別室から現れた。帰る時間らしい。 僕: 「今動いたら・・・、逆流する・・・」 僕は、その帰り道、駅のトイレで1キロの(元)肉を吐いた。 |